“本物の慈悲と智慧は心の痛みからわき出る!” 教会長 近藤雅則(平成30年4月)

DSCF9606『佼成』4月号の会長法話は、「円満な人になる」がテーマ。円満とは、人格が「十分に満ち足りて、欠点や不足のないこと」と教えられています。

 人間の本質が仏性であり、人格円満であることを示す話として、妙好人(浄土真宗の篤信者)の清九郎さんの逸話が紹介されています。
自ら貧しい生活の中にありながらも、留守中お金を盗まれたときに、「私のような者の家に盗みに入るその方は、よほど困っていたでしょう。たまたまわが家にお金があってその人も得るものがあり、うれしく思います」と。そして「私はいま、仏の慈悲に導かれて“盗まれる身”にさせてもらい、これほどうれしいことはありません」と語ったというのです。

 私たちが、もしお金を盗まれとしたらどんな思いをするでしょうか。ショックで落ち込んでしまうかもしれません。慌てふためき、パニックになる人もいるでしょう。つかまえて警察につきだしてやると怒る人もいるでしょう。まれに、自分の不注意を素直に反省する人もいるかもしれません。皆さんは、どのタイプでしょうか?
 清九郎さんの態度は、普通の人間からすると、常識はずれの愚かな人に見えるかもしれません。そんな甘い考え方でいたら、繰り返し盗難にあってしまうのではないかと考える人もいるかもしれません。
しかし、清九郎さんの行動は、常識の世界を超えた、損得を超えた、善悪を超えた、仏さまのような心であり、円満な人と言えるのでしょう。
 佼成会では、「ものごとを表面的に見ず、どんな出来事も仏さまの説法と受けとめ、自らの向上や反省の糧にしましょう」と教えられています。清九郎さんの行動は、まさにその手本だと思います。

 また、「清九郎さんは父を早くに亡くし、母親との貧しい暮らしのなかで出会った妻とも三十三歳のときに死別しています。悲しみやつらさを、とことん味わったからこそわかる、人の心の痛み。そこからわき出る慈悲の思いが、おのずから人を救う智慧を発さしめたのでしょう」と書かれてあります。
清九郎さんと同じように、私たちの周囲にも、一生懸命に努力しているにもかかわらず、不運な境遇に生まれ、次から次へと苦難に見舞われている方がいます。私たちは、そうした方に出会ったとき、どんな思いを抱くでしょうか。かわいそうな人、気の毒な人、何とか助けてあげなければならない人と見ることがあります。もちろん優しさや手助けは必要です。
しかし、一方で、その方たちは普通の人にはない深い慈悲や智慧をもっている場合があります。その意味では、かわいそうな人、気の毒な人とは限らず、むしろ普通の人より精神的に高い人であり、円満な人であり、人生の先生であると言えるかもしれません。

合 掌

 平成30年4月1日

立正佼成会仙台教会
教会長 近藤雅則

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