👶 第1回「にんしんSOS仙台 」~キミノトナリにいるよ~ 東田美香さん(特定非営利活動法人キミノトナリ代表理事)

決定写真1 さまざまな事情によって、親や友人、あるいは行政などには相談できない妊婦さん方の「にんしんSOS窓口」となり、適切な支援へと結びつける役割を、民間団体として担っていくことを目的として設立された「特定非営利活動法人キミノトナリ」。
 その理念や活動について、同法人代表理事の東田美香さんからお話を頂戴し、今月から3回にわたって連載いたします。インタビューアーは、安藤高子(仙台教会婦人部長)です。

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東田美香さん

〇「キミノトナリ」の活動って?
安藤
 東田美香さん、本日はよろしくお願いいたします。2020年の6月に、東田さんが設立された「特定非営利活動法人キミノトナリ」は、どのような活動をされているのですか?

東田
 「にんしんSOS」
の相談窓口が活動のほとんどを占めています。予期せぬ妊娠、または妊娠しているかもしれないと思い悩む方の中には、誰にも相談できず、不安を抱える方がたくさんいらっしゃいます。
 安心して相談していただけるように、匿名で、電話だけではなく、メールやLINE相談も受付けています。その延長線上で病院や役所などへの同行といった後方支援を行ったり、さらには、生活支援もさせて頂く場合もあります。
 あとは「性教育」の出前授業や、毎週水曜の夜10時から「エフエムたいはく」でラジオ番組もやっています。ラジオの電波が届かない場所に住んでいらっしゃる方でも、パソコンやスマホアプリでも聞けるので、全国で聞いていただいています。

安藤
 活動内容が多岐にわたり、すごいですね!このご活動にあたられるようになった経緯などを教えていただけますか?

東田
 はい。2019年4月から1年間、約2ヶ月に1度、「赤ちゃんポストと子どものいのちを考える会@sendai」という勉強会を開催していました。連日のように報道される、赤ちゃんの遺棄や虐待死などに、私はいつも心が引き裂かれるような思いでいました。
 そもそも、どうして勉強会を始めたかというと、私自身、高校生くらいの時から、
(将来、血の繋がらない子どもを育てたいな)
という夢があったんです。そのため、生んだ方が育てられないお子さんについて関心が高く、赤ちゃんのいのちを救う手段としての「赤ちゃんポスト」を切り口に、勉強会を始めました。
 勉強会では、例えば、行政による「特別養子縁組」を全国に先駆けて取り組まれている方や、養子当事者の方などをお迎えしてご講演いただいたり、ディスカッションしたりしていました。
 ゆくゆくは、現在活動をしている「にんしんSOS」としての団体を作りたいという“ビジョン”がありましたので、勉強会を通して賛同してくださった方々に仲間になって頂き、1年後には助産師、社会福祉士、臨床心理士など、妊婦さんや、赤ちゃん、子どもに関わるさまざまな職種の方と一緒に、「キミノトナリ」というNPO法人を立ち上げました。

〇子どもたちは、家庭で幸せに育って欲しい
安藤
 もう、高校生の時から、(将来、血の繋がらない子どもを育てたい)という思いがあったのですか?驚きました。

東田
 はい。それは、高校時代に鑑賞した演劇がきっかけでした。
 澤田美喜さんという方の人生を演劇にしたものだったんです。太平洋戦争後に、神奈川県の大磯町に「エリザベス・サンダースホーム」という孤児院をつくった方です。
dc111605 第二次世界大戦後、日本に駐留した米兵と日本人女性との間に、多くの混血児が誕生しました。しかし、当時、そうした混血児は、生んだ方が育てられなかった場合、普通の施設に入れてもらえなかったと聞きます。彼らは、大きな差別を受けていました。行き場もなく、捨てられ、死んでいく混血児たち。澤田美喜さんは、
「この子たちには罪はない。混血児を救おう!私がこの子たちの母になろう!」
と立ち上がります。実家が財閥系であった彼女は、私財をなげうって、「エリザベス・サンダースホーム」という施設を創設しました。戦後間もない日本で、誰もが自分のことで精一杯の中、大変な差別を受けながらも懸命に救った混血児童は2000人以上にものぼると言われています。
 彼女の人生を演劇で知り、
(なんて素晴らしいんだろう!私もこういう人になりたい!)
と思ったんです。
 そんな夢を持ちながらも、いろいろな事情で、大卒後に最初に就いた仕事は、芸能界のマネージャーで、児童養護施設といったこととはまったく縁のない世界でした。

 29歳までは東京でマネージャーの仕事をしていたのですが、仕事や人間関係がうまくいかず、心も体も壊して、実家のある宮城県仙台市に帰ってきました。そこからしばらくは、アルバイトをしながら、なんとなく生きていました。「私は東京に敗北して、人生が終わった。これから先は余生だ」と思っていたのです。しかし、そんな生活を10年近く送っているうちに、
(やっぱりなにかやりたい。社会の役に立てるような仕事をしたい)
という思いが、だんだんと胸に湧き上がってきました。
 その頃、栃木県足利市で起きた「足利事件」のえん罪問題や、山口県での「光市母子殺害事件」などから、
(この世の中は、何か違うんじゃないか)
(法律を勉強して、私はこういう人たちの力にならなきゃいけないんじゃないか)
と、一念発起、弁護士をめざすことを決心しました。
 41歳の時に東北大学の法科大学院に入学。本来は3年のところ、4年半かけて卒業しました。40歳を過ぎてから、生まれて初めて勉強する「法律」は、とても難しいものでした。
 また、大学院卒業と同時に結婚をしたので、慣れない家事や、アルバイトなどで試験勉強の時間が十分に取れず、司法試験は2度受験しましたが合格できませんでした。到底、自分が太刀打ちできる試験ではない、と思うようになり、もう諦めよう、と思うに至りました。
 司法試験の勉強をやめたい、と夫に打ち明けたところ、夫から「勉強をやめるのはいいけど、その代わり何かやらなきゃいけないよ」と言われたこともあり、「子ども虐待防止ネットワークみやぎ(キャプネット・みやぎ)」でボランティア電話相談員になり、子育てに悩む多くの方の話を聞かせてもらいました。
 そして、ちょうどその頃、仙台市に「養子縁組里親」の登録をしました。

 現在の日本では、親と暮らせない子どもが4万5000人いると言われています。そのうちの多くは、児童養護施設などにおける「施設養育」であり、諸外国に比べてその割合が非常に高いことが問題になっています。国際的には「家庭養育優先原則」が謳われており、日本では主に「養育里親」と「養子縁組里親」の制度で、子どもの家庭養育を担保しています。

1.里親制度・・・何らかの事情で生みの親の元で育つことが困難な子どもの養育を、家庭で行う制度(子どもの年齢18歳未満)。「養育里親」は、養子縁組を目的とせず、一時的にお子さんを預かる。期間は数日から十数年までさまざま。

2.普通養子縁組・・・養子が生みの親との親子関係を存続したまま、養親と親子関係を作るという二重の親子関係となる縁組(子どもの年齢に制限なし)

3.特別養子縁組・・・生みの親との親子関係を法律的に断ち、子どもの最善の利益のために、育ての親と新しい親子関係を結ぶ縁組(子どもの年齢15歳未満)

 私は里親登録と同時に、地域の「里親会」に入りました。「里親会」に入ると、他の里親さんとの交流があり、苦労されている話しもたくさん耳にしました。
 中途養育、つまり年齢が上がってからの養育は、お子さんの試し行動や愛着障害などのために、困難を抱える場合が多いのです。もちろん順調に幸せになられているお子さんもたくさんいますが、お子さんのためにも、里親さんのためにも、赤ちゃんのうちから新しいご家庭にいく、3の「特別養子縁組」を推進したほうがいいのではないかという思いが、私の心の中でふくれあがっていきました。
 そして、「特別養子縁組あっせん団体」を作りたいと思うようになりました。例えば、私のところにお子さんが委託されても、極論を言えば、私の力だけで救えるのはその子一人です。
 でも特別養子縁組あっせん団体として活動すれば、さまざまな事情により生みの親のもとで生活、成長できないお子さんを特別養子として受け入れてくれる親御さんに結びつけていくことで、何百人、何千人とお救いすることも夢ではないと思ったのです。
 しかし、一から「特別養子縁組あっせん団体」をつくるということは、法律上、ハードルが高いので、まずは「にんしんSOS」としての団体をつくり、そこで賛同者、資金、運営面など特別養子縁組あっせん団体を設立できる環境を整えようと思い、特定非営利法人キミノトナリを設立しました。

〇私を後押ししてくれるもの
安藤
 すごい信念ですね。〈私が養子縁組をして、幸せにできるのは一人だけれども、団体を立ち上げたら、何百人、何千人もの子どもたちを幸せにできるかもしれない・・・〉そのお言葉がものすごく私の心を打ちました。

東田
 ありがとうございます。

安藤
 高校生の時からの“思い”が、今、現在まで繋がっている。事を成し遂げていくとは、“思い”を忘れないということなのですね。その“思い”の他に、東田さんの行動を後押ししてくれているものがありますか?

東田
 そうですね、大学生時代に児童養護施設のボランティアに通っていて、当時学習担当をしていた、ある女の子の影響もとても大きいです。
 彼女は、幼児期から18歳まで施設で育ちました。複雑な家庭環境や一部の施設職員の不適切な対応のために人間不信になり、頼る実家もなく、生活のため無理をしてダブルワークで働き続け、脳梗塞で倒れてしまったのです。
 一命はとりとめましたが、後遺症で「高次脳機能障害」と半身不随になり、40代半ばで老人ホームに入りました。ご本人は、もともと持っている人間不信、特に「施設職員」への不信感もあり、ホームの職員さんとうまくいかず、大変な思いで毎日を過ごしていました。もちろん、待遇問題などで、職員側も入所者に適切な対応ができていないということもあると思います。
 お見舞いに訪れた時、18歳まで児童養護施設で育ち、その後社会に出て頼る人もない中無理して働き、40代の若さでまた施設に入らなければならなくなった彼女を目の当たりにして、
(なんで、なんで、なんなんだろう!)
と、誰にもぶつけることのできない憤りの気持ちが、私の胸に沸き起こりました。
 人間の人生に、“もし”ということはないかもしれませんが、
(彼女がもし、里親か養親のもとで育てられていたら、幸せに育っていたかもしれない。人との信頼関係も築け、仕事にも恵まれれば、こうはならなかったに違いない!)
という気持ちでいっぱいになりました。
 彼女のような思いをする子がもう二度と出てきてほしくないですし、私が何か行動することで、そういう子が一人でも幸せな生活が送れるのであればという、そういう思いで活動をしています。それも私の原動力になっています。

安藤
 誰かのために!!と思う力は、本当に大きいですね。最近、お子さんが親御さんの暴力によって亡くなられたり、虐待をされていたりする話しを聞くたびに、私も親としてとても切なく、悲しい思いになります。きっと、そんな思いを持つ人が、世の中にたくさんいらっしゃると思います。でも、それを実際に行動に移すとなると、私を含めて、そういう方はなかなかいらっしゃらないと思います。
 東田さんのように子どもたちのことを思い、その思いを胸にたった一人から始められ、行動にうつされていらっしゃるお姿が、本当に尊いなって思います。

東田
 ありがとうございます。(私は子どもたちの役に立ちたい!!)、その一心です。

*次回は、新年号(2022年1月1日更新)に続きます。

【特定非営利法人キミノトナリ】
〇お問合せHP:https://kimitona.net/

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【キミノトナリの活動】
〇「にんしんSOS仙台」相談窓口(電話・メール・SNS)
〇病院や役所への同行支援
〇協力機関との連携
〇包括的性教育の促進
〇特別養子縁組制度の普及・啓発
〇講演・性教育出前授業
〇レギュラーラジオ番組『キミトナラジオ』(エフエムたいはく・毎週水曜22時~22時30分)

【東田美香さんプロフィール】
宮城県第一女子高等学校卒
上智大学文学部教育学科卒
東北大学法科大学院修了(法務博士/専門職)
現在、以下の要職にある。
特定非営利活動法人キミノトナリ 代表理事
NPO法人ほっぷすてっぷ 理事
子ども虐待防止ネットワーク・みやぎ(キャブネット・みやぎ)相談員・広報部長

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東田美香 さんと安藤教会婦人部長

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