ステンドグラス作家として国の内外で活躍される、五十嵐沙予先生にご登場していただいての第３回目は、いよいよ最終回となります。最終回では、五十嵐先生の作品づくりに向かう芸術家としての心と夢について語っていただきます。インタビューアーは、引き続き仙台教会婦人部長 安藤高子さんです。

「光」（筑波大学附属病院けやき棟 2012年）

作品にこめられた心を語る五十嵐先生

安藤
　五十嵐先生、いよいよ今回で三回目、最終回となります。名残惜しいのですが、よろしくお願いたします。前回は東大病院の作品について教えていただき、ありがとうございました。お父さま、お母さまを思い、親孝行の思いでお作りになられた作品であることに感動いたしました。もしよろしければ、その作品に込められたコンセプトなど、さらに深めて教えていただけますか？

五十嵐
　私が最初に病院に行った時に、頭に浮かんできたことがありました。高層の病院では、ほとんどの方がエレベーターを利用されます。その時、他の人につられて間違えて別の階で降りてしまうことってありませんか？（あっ、私が降りるのは違う階だった！）っていうことがありますよね。降りた時に階の数字を見て、（あ、間違えた）と思って戻る。私はそれだけではダメだなって思ったの。
　その時に、階の数字を見て、例えば、（あれ、３階じゃない？）って戻るのではなく、そこに何か輝くものがあって、いつも見ていたものと違う光景がエレベーターホールにある。
　そっと（そこはあなたが降りる階ではないですよ）と優しく教えてあげる光景がいいんじゃないかなって思いました。だから全フロアを違うモチーフにして、そして、優しく教えてくれるものは“お花”がいいなって感じたんです。
　自分はいつもピンク色の花があるところで降りるのに、降りたらなんか赤い実がなっている。（自分は間違えたんだな）って。（でも綺麗なものを見られたな～、じゃ戻ろうか）、とそんなふうに、そっと教えて、そっと気づく。降りる階を間違えたってがっかりするんじゃなくて、その時に優しい気持ちになってもらえたらいいなって考えたの。
　そういうわけで、各フロアに「野ぶどう」、「ゆり」など、さまざまな種類の花をモチーフにした作品を入れさせていただきました。天皇陛下をはじめ皇室の方が入院される階は、「たんぽぽ」なんですよ。実際の作品を私も見ることはできませんが、以前、ニュースで、当時、現在の上皇陛下が東大病院に入院された際、キャスターの方が「ただ今、美智子皇后さま（当時）がエレベーターホールでお待ちです」というニュースが流れて、（あー、あの「たんぽぽ」のステンドグラスの前でお待ちなんだなぁ）と、感慨深く思わせていただきました。
　そのようにして、各階にステンドグラスを作らせていただきましたが、東大病院一階のエレベーターホールの両側には、そのすべてのお花を結集させた作品があります。

安藤
　間違えて降りた階にも、そこに新しい気づきや発見があるのですね。そのことも人生のプラスになるようで、素晴らしいコンセプトですね。
　五十嵐先生はご自身の作品について、いつも自分自身のことを表現し、形にしてきたとおっしゃっていますけど、やっぱり作品にふれる受け手のことをいつも考えてらっしゃるようにも思えます。それは、作品を見る方の心を思う「思いやり」であったり、「暖かさ」や「ぬくもり」であったり、そういうものが、きっとガラスを通して、光を通して、伝わっていくものなのかなと感じました。

五十嵐
　そのように言って頂くけれど、私、実はあまり人のことを思ってなくて、小さかったころから今までの自分を救うためにやっているようなところがあるのよ。なんか、自分はね。それで自分を助けなければってね。
　このまま、悲しかったり、辛かったり、本当にそういうものを持って死んでいってはいけないって思っていて。やっぱり、今世このたびの私は、このたびで終わらせて、来世というか、次にもし人間で生まれてくるならば、こういう心の奥深くにある悲しみとか、さみしさ、そういうのは今世に置いていって、すっかり昇華した、本当に爽やかなところから来世はスタートしたいという願いがあるんですよね。
　自分で自分の心を救っていく。そのために、作品づくりの一つ一つが、（自分のためにやっているな～）って思っています。もちろん、作品を見てくださる方のためにという思い、心もあるけれど、前回お話した通り、あの時の自分を助けたい思いが大きいんです。

安藤
　自分で自分の心を救っていく。とても深いお言葉です。他の作品でのご体験もお分けしていただけますか。

五十嵐
　茨城県つくば市にある筑波大学付属病院のけやき棟に「光」というタイトルで、大きさが２４平米の作品を制作させていただいているのですが、その作品で救われたことがありました。
　私が現場の作品を撮影しに行った時のことです。ちょうど西日を受けて、作品に光がすーっと入っていました。そして、そばにあるテーブルにステンドグラスの影がいっぱい映っていたの。そこに４歳くらいの男の子とママが二人やってきてね。その男の子が、「ママ～、見て見て！蝶々（ちょうちょ）だよ！！」って光の影を両手ですくおうとしたの。お花の作品だったけど、白いテーブルに色鮮やかな影が映り、男の子さんには蝶々に見えたのよね。ママも一緒になって両手で影をすくうようにして、「蝶々だね～！」って言ったんです。
　その幸せそうで、とっても和やかな二人の姿を見て、胸にぐっときました。（私はこういう、人の喜ぶ姿が見たかったんだな）って。
　以前、我が家の長男が重い病気にかかったことがありました。病院の先生方から、「夏休み中に会わせたい人たちをみんな呼んで会わせてあげてください」って言われて。私はもうショックで、（あ～もうダメなのか）って。でも、そういう気持ちをグッと自分の中におさめて、（なんとか乗り越えよう）って、その後は、さらに一生懸命で生きてきました。
　ところが、今、目の前の見ず知らずの男の子が光をすくっている姿を見た時、今まで心の中に抑えてきた自分の辛さっていうのが、す～っと昇華できたように思えました。（私はこれをしかたかったんだな）、（こういう姿を見たかったんだな）って。
　私の長男もお陰さまで病気が治って、元気になり、今は私と同じステンドグラス作家になっています。

「光」（筑波大学付属病院けやき棟 2012年）

安藤
　先生が魂をこめて作られた作品を見て喜ぶ親子がいらして、その姿を見て先生が救われる。先生ご自身の辛い経験がスタートでしたけれど、人が喜ぶ姿が先生を救ってくださる、その姿を見て辛かったことが昇華されていくなんて、まさに「自利利他円満」、つまり《自分の喜びが他人の喜びになり、他人の喜びが自分の喜びになる》という『法華経』の精神そのものだと思わせて頂きました。
　また、私自身、“自分にも何か才能があったらな”と、今まで軽く考えていましたが、芸術が生まれるとき、そんな生半可なことではないのだと、強く教えていただいた気がしました。貴重なお話しを本当にありがとうございます。
　インタビューの最後に「自らの夢を叶えたい」と思っていらっしゃる方へ、五十嵐先生からのメッセージをいただけますか？

五十嵐
　夢を叶えたい。夢ってなかなか叶わない気がしますけどね。叶うか叶わないかわからないですけれど、夢に向かって一所懸命生きていると、夢に向かった一日を過ごせるじゃない。
　そうやって、一日、一日、夢に向かっている日々を過ごしていくと、それが時には形になったり、気がついたら形になっていたり、あるいは形にならなくても、一日、一日がしっかり夢とつながっていて、夢に向かって生きられたということが、すごく素敵な生き方だと思うんですね。
　私はね、一日を生きるって、本当に難しいって思っているの。この年齢になった今でも腐ってみたりさ、自分はダメな人間だと思ってみたり、救いようのない愚かな自分だと思ったりして暮らしてるんですけど。やっぱり、こうして作品に携わっているときは、そのことに思いを巡らせたり、集中したりして、頭の中が作品のことでいっぱいになって時が過ぎてきた気がするんですね。
　朝起きてから寝るまでの一日をそんなふうに過ごせたら、それで１００点なんじゃないかなって思うのです。先のことは誰もわからないよね。でも、夢を持って進んでいくと、今日の一日が有り難くて、幸せだし、なんか笑顔になるしね。心も跳ねてくるっていうか。そういうふうに、これは積み重ねだから、やっぱり夢はないよりあった方が良いわよね。

安藤
　最後のお言葉が胸にぐっと響きました。夢があると、それに向かっていける。その積み重ねの一日一日が、私の人生をつくっていくのだなぁと教えていただきました。と同時に、“今を大切に生きていこう”という希望と勇気をいただきました。
　このたびはインタビューを通して、五十嵐先生とご縁をいただきましたことに心から感謝を申し上げます。誠にありがとうございました。

完成したばかりの作品「シャボン玉」（この後、佼成病院病後児保育室に設置 2014年）

「暁の希望」（佼成病院デイルーム 2014年）

ご自身の作品「光陽（ひなた）」の前でご挨拶をされる五十嵐先生（仙台オープン病院玄関ホール 2018年）

仙台市医療センター

「慈愛（めぐみ）」（仙台市医療センター仙台オープン病院 2006年）

五十嵐先生を囲んでの記念写真（向かって右側 安藤高子教会婦人部長、向かって左側は記録を担当した婦人部スタッフ 及川浩子）

〇五十嵐沙予先生プロフィール
神奈川県横浜市出身
1987年　第１回日本ステンドグラス作家協会公募展審査員特別賞受賞
1988年　ステンドグラス工房べるふぁむ設立・作家活動開始
ミヤギテレビニュースにて放映
読売新聞社家庭欄にて紹介記事掲載
朝日ウィル一面にてステンドグラス作家として特集される
1989年　仙台放送「マインドトーク」出演
ステンドグラス教室開設
1995年　第１回教室作品展開催
1997年　遠田郡小牛田町公民館に於いて出張教室を開始
1998年　東北放送・東日本放送・仙台放送など各局ニュース番組で放映
難病の子供支援全国ネットワーク主催・七夕キャンプ「がんばれ共和国」に於いて「ふれあいステンドグラス村東北」の事務局代表に就く
1999年　NHKゆうゆう東北”千客万来”出演
情報誌「りらく」”ものづくり人”にて特集
2001年　河北新報”街いま”にて東大病院に作品制作を特集される
2001年　東京大学医学部付属病院エレベーターホールに「譲音」を設置
2003年　ミヤギテレビ「あっ晴れテレビ」「OH!バンデス」にて宮城こども病院の作品紹介される
2004年　仙台光のページェント協賛作品展に出展
2008年　工房・事務所を現住所に移転
2009年　NHK文化センター ステンドグラス教室講師
2012年　仙台市泉区八乙女にステンドグラス教室を増設
2013年　仙台メディアテークにてべるふぁむ一門のお弟子さん６教室と合同作品展開催
2018年　仙台メディアテークにてステンドグラス工房べるふぁむ（八乙女教室・NHK文化センター教室）生徒作品展開催

《主要作品暦》
1988年 「天女舞」仙台青葉祭り　藤崎デパート恵比寿山鉾（仙台市）
1989年 「裸婦二体」SS３０ビルエルミタージュ（仙台市）
1990年 「華.満つる」 裁松院ホール（仙台市）
1991年 「森の声が聞こえますか」ハロースポーツメンバーサロン（仙台市）
1992年 「えりけいじゅ」福島県富岡町役場庁舎ホール
1993年 「丘の子ひろば」仙台市立台原小学校ホール
「主よ御元に」仙台特別養護老人ホーム　シオンの園　礼拝堂
「芳光」芳澍女学院情報国際専門学校　玄関ホール（東京都）
「ひと枝から」同上　各教室
「さら」藤崎デパート２・３F　婦人化粧室（仙台市）
1994年 「衣・座・室」日本ステンドグラス芸術協会展（横浜国際会議場）出品
1995年 「あんのん」岡野電気工事　仙台支社ホール
1996年 「さんそうにもく」秋田県町立羽後病院待合いホール、エレベーターホール
1997年 「涌・ゆ」東北大学付属病院　中央廊下
「Motherly」東北公済病院　エントランスホール
1998年 「ほうじょう」丸森町蔵の教郷土館　斎理屋敷　新館
「そして、始まる」光が丘スペルマン病院　ホスピス館（仙台市）
「輝」 日本コムシス東北支社　玄関ホール
「森の調べ」わかくさ幼稚園　2Fホール（仙台市）
「生成り」特別養護老人ホーム　パルシア　礼拝堂（仙台市）
1999年 「花波」仙南信用金庫川崎町支店
「聖母の被昇天」石巻カトリック教会
「右大臣　左大臣」宮城県神社庁社
2000年 「一灯照隅」秋田県羽後町老人保健施設
2001年 「譲音」（ゆずりね）東京大学医学部付属病院エレベーターホール1～14F
2003年 「光・誕生の時」宮城県こども病院　祈りの部屋
「双葉と仲間たち」宮城県こども病院　各病室ドア他
2004年 「ただ一つの心」オタワ愛徳修道女会　礼拝堂（仙台市）
2006年 「慈愛」（めぐみ）仙台オープン病院玄関ホール（仙台市）
「ありがとう」築館消防庁舎（栗原郡）
2009年 「淑音」（しゅくおん）雫石町立健康センター
2010年 「いのちの泉」湯浅報恩会寿泉堂綜合病院2、3階待合いホール（福島県）
2011年 「今　この時」福島県須賀川市立大東中学校
2012年 「光」 筑波大学附属病院けやき棟（茨城県）
2013年 べるふぁむ一門 ６教室　合同作品展開催　せんだいメディアテークにて
2014年 「暁の希望」佼成病院デイルーム　3F-8F（東京都）
「シャボン玉」佼成病院　病後児保育室
「誕生」仙台市立病院　産科病棟
2015年 「百年桜」須賀川市立第一小学校
2017年 「always better」飯館村　道の駅　までい館
2018年 「光陽」（ひなた）仙台オープン病院玄関ホール
「和顔」（わげん）仙台オープン病院緩和ケアセンター