“他人の幸せを願う行動で自分がイキイキできる!” 教会長 近藤雅則(平成31年3月)
- 2019/3/1
- 心を創る
今月の会長法話は、「自他の幸せを願う心」がテーマ。
「汝等(なんだち)今者(いま)真に是(こ)れ仏子(ぶっし)なり。弘(ひろ)き大慈大悲をもって深く能(よ)く苦を抜き厄(やく)を救う者なり」
という「無量義経・十功徳品」の一節が紹介されています。
私たちは「広大な慈悲の心をもって人びとの苦しみを除き、災難から救ってあげることができる」という意味ですが、そのような崇高な願いなどもっていないと感じる人が多いかもしれません。しかし、私たちは皆他人の幸せを願う心を元々もっている。なぜならば皆仏性を持っているからなのです。
自分の悩みを解決したいと願い佼成会に入会した時、先輩の幹部さんから、すぐに「お導き(未会員に教えを伝える)をしてごらん」、「私と一緒に手どり(幸せを願って会員宅を訪ねる)に行きましょう」とアドバイスされたと思います。まさに、入会者即布教者の修行で、何もわからない初心者であるにもかかわらず、他人の幸せを願って教えを伝えることを実践するのです。これは佼成会の大きな特徴と言えるでしょう。自分の苦悩が解決していないのに、他人の幸せを願って行動することは、理屈的に矛盾しているように感じます。
わが家は借金苦が原因で、母親が佼成会に入会しました。借金苦に喘ぎ、惨めな人生を送っていた母が、他人の幸せを願って導き・手どりに歩いている時だけは、イキイキとしているのです。私はその姿が不思議でなりませんでした。
今考えると、母は他人の幸せを願っていたからこそ、イキイキしていたのだと分かります。私たちは他人の幸せを願って行動していると、自分の中に眠っている人間本来の力が湧き上がってくるのです。
世の中には、他人の幸せのことまで願っている余裕はないという人もあるでしょう。また、他人のことなど一切関係なしというような自己中心の人も多いように感じます。しかし、一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)といわれる通り、すべての人が仏性を有していて、すべての人が他人の幸せを願う心を本来持っているのです。そして、それが人間の真の姿なのです。要は、その真の姿が現れているかどうかなのです。現わすためには、積極的に他人のために行動することです。明るく挨拶をする、笑顔で接する、やさしいことばをかける、席を譲る、話を聴いてあげる、荷物をもってあげる・・・など。
他人の幸せを願って行動することは、そのまま自分本来の力を発揮することができ、イキイキと元気に生きることにつながっているのです。
合 掌
平成31年3月1日
立正佼成会仙台教会
教会長 近藤雅則