“思いやりの実践が仏に近づくこと” 教会長 近藤雅則(令和元年10月)

閖上の慰霊碑前

東日本大震災 閖上地区慰霊碑前にて(中央、横浜教会 泉雅巳教会長、向かって右側、仙台教会 近藤雅則教会長)

 今月の会長法話は、「仏」を供養するがテーマ。
 法華経の《授記品(じゅきほん)》では、摩訶迦葉(まかかしょう)・目犍連(もっけんれん)・須菩提(しゅぼだい)・迦旃延(かせんねん)という四人の高弟が授記されます。〈授記〉とは、「あなたはたしかに仏の境地にたっすることができる」という保証を、仏さまから授けられることです。
 仏の境地にたっするためには、生まれ変わり死に変わりを繰り返しながら、三百万億とか八千億というように無数の仏さまを供養申し上げて・・・・」と説かれています。これを法華経に描かれた物語として理解するのではなく、現実の世界において、「出会う人はみな、すべて仏」と信じ、受けとめることだと述べられています。

 庭野開祖も著書「菩提の萌を発さしむ」(167頁)に次のように述べています。
 すべての人は、「久遠実成の本仏」に生かされている身です。ですからどのような人にも「久遠の本仏のいのち」が流れているのです。どのような人の心にも「久遠の本仏の慈悲心」がそなわっているのです。
 つまり、どんな人に会っても、その人に流れている「仏のいのち」、その人の心にそなわる「仏の慈悲」を見ることができれば、それが「仏にあいたてまつる」ことにほかならないといえるでしょう。
 しかし現実世界では、苦手な相手、嫌いな相手が存在し、顔を見るのも、口をきくこともイヤだと感じることはないでしょうか。そんな相手は自分とは異なるように感じますが、実は自分と同じもの、似たものをもっている。似た者同士だからこそ強い反発を感じるともいえます。

 そんな場合、どうしたらよいか?
 庭野会長は、「人の悩み苦しみが少なくなるように、楽しみが多くなるように」と願って、人を思いやること。それが、目の前にいる「仏」に対する供養であり、私たちは思いやりがあふれる人間になるにつれて「仏」に近づくと述べています。つまり、相手に対する思いやりの実践(慈悲行)によって仏の境地に近づくことで、苦手な相手、嫌いな相手も自然と消滅してしまうのです。

 最後に、法華経では多く弟子たちが、お釈迦さまに授記されることを必死で請い願っていますが、その真意をよく理解することです。たんに自分の悟りや安心のために授記を願っているのではなく、〈一切の人びとを幸福にする自由自在の力を得たい〉という点にあることを見落としてはなりません。
 2019年10月1日

立正佼成会仙台教会
教会長 近藤雅則

038_09

関連記事

平和へのメッセージ

注目の記事

  1. 決定03(アイキャッチ画像)
    2019年10月6日(日)13時より仙台国際センターにて、元内閣総理大臣 小泉純一郎氏を迎えての「市…
  2. DSCF2863
    立正佼成会仙台教会「市民社会のためのリーダー養成塾」(年4回)の第3回目が、8月24日(土)、25日…
  3. 決定11
    私たち仙台教会では「教会発足60周年」の記念事業の一つとして、庭野日敬至言集「一日一言」を〈たんぽぽ…

一食を捧げる

  1. ユニセフ募金&アフ毛
    今年も県内各地で、ユニセフ街頭募金とアフリカへ毛布をおくる運動の呼びかけをさせていただきます。 …
  2. 一食募金箱 キャッチ画像 2
    立正佼成会一食平和基金運営委員会は、東日本大震災で被災した宮城県の復興支援自供として、被災地で活動す…
  3. IMG_3177
    平成30年12月1日(土)「一食地域貢献プロジェクト2018贈呈式」を開催いたしました。このプロジェ…

関連リンク

ページ上部へ戻る