💎 庭野日敬開祖「一日一言」~毎日のことば~(新年1月)

2021-30

 新年も立正佼成会を創立した庭野日敬開祖の珠玉のおことばを「一日一言」と題して、毎日更新し、1つずつご紹介していきます。お正月1月のテーマは「庭野開祖のお心と教え」です。

《1月31日》
幸せに生きる
 ギリギリの限界状況にまで追い込まれても、信仰という心の支えさえあれば、なおかつ幸せに生きることができる。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月30日》
ともに働いてくださっている
 私は人からよく、「今日にいたるまでには、さぞ大変なご苦労もあったことでしょうね」と尋ねられることがあるのだが、自分のこれまでをふり返って、特別な苦労や、とりわけ大変なことがあったとは思わない。神仏は、どこにおられるかではなくて、働きであろう。私たちが利他のために働くならば、そこに神仏は必ずおられて、ともに働いてくださるのがはっきりと信じられるようになるのである。私はそう信じて、これまで歩んできた。(『この道』より)

《1月29日》
現実に学ぶ
 新しい時代を切り開くには、古い殻に閉じこもらず、過去を乗り越えていかなければなりません。しかし、そこで忘れてならないのは、いま自分が立っているその基盤をしっかりと見すえることです。
「現実から学ばなくては、真実は見えてこない」と言います。国でも会社でも、私たち個人であっても同じなのですが、これまで積み上げられてきた過去の歴史の上に、いまの自分があります。いまの生活があるわけです。現実に学ぶとは、その感謝を心に刻みつけることといってもいいと思うのです。そこから、さらに自分のめざすべき方向が、はっきりと見えてくるのです。(『開祖随感』より)

《1月28日》
素直な心に咲く花
 お釈迦さまのお弟子に、教えの一句も覚えられなかった周梨槃特(しゅりはんどく)という人がいました。お師匠さんの教えどおり「私は精舎(しょうじゃ)を浄める」という一つの行に徹して、くる日もくる日も精舎の掃除に集中し、ある日、忽然と悟りを開いたのですが、これもそうでしょう。お師匠さんの言葉どおり、ひたすら努力し続ける素直な心を持っていると、内にひそんでいる花が必ず開くときがくるのです。(『開祖随感』より)

《1月27日》
ほほえみ
『法華経』の「提婆達多品(だいばだったほん)」には、八歳の龍女が即時に成仏するさまが説かれています。みなさんもよくご存じだと思いますが、その龍女の成仏の道は、清らかな顔にいつもほほえみを絶やさず、だれにも思いやりの言葉をかける行にあったと説かれています。
 いつも人さまにほほえみをもって接するのも、立派な菩薩行なのです。(『開祖随感』より)

《1月26日》
笑顔の力
 エスキモーの人たちの挨拶は、できるだけうれしそうに相手に笑いかけることだそうです。すると、相手も自然に笑顔を返さずにはいられない。和のリーダーシップのかなめは、ここにあります。人の笑顔は、それだけの力を持っているのですね。不思議に、周囲がことごとく意のままになっていくのです。(『開祖随感』より)

《1月25日》
すべての人に仏性礼拝行
 人間関係の出発点は、相手も自分と同じ喜びや悲しみ、願いを持って生きているのを知ることです。法華経の常不軽菩薩の仏性礼拝行も、それを心に刻みつける行といえましょう。コンピューター化が進めば進むほど、すべての人に仏性礼拝が欠かせないものになってくると思うのです。(『開祖随感』より)

《1月24日》
幸福
 相手を理解しようとする努力は、自分の心に平安をもたらすものであり、まず自分を幸福にするものであります。そして、それがめぐりめぐって、相手をも幸福にするものです。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月23日》
円満な家庭を隣から隣へ
 お年寄りのおられる家から、円満な家庭をつくっていただきまして、その円満な家庭を隣から隣へと広げていき、そして社会の人びとがみんな立派な人間になるということを、だんだんと積み重ねていって初めて、日本中が平和で幸せな状態になるのであります。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月22日》
長老
 自分の重ねてきた年輪の中から原理的なものを抽出し、若い人たちの相談に応じてそれを語り、現実の表面に惑わされない真実の智慧を示し、しかも、最終決定は当事者にゆだねるといった余裕ある態度でいるならば、必ずや若い人たちの尊敬と信頼を得ることでしょう。これこそ、「長老」の名にふさわしい生き方であると信じます。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月21日》
若さの秘訣
「人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる」「希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる」
(サミュエル・ウルマン)という詩があります。
 素直に、正直に自分をさらけだして、自分なりの人生の目標をつかむと、一日一日に張りが出てきます。(『開祖随感』より)

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《1月20日》
夢を持ち、理想を抱く
 年齢は六十歳でも、七十歳でも、未来に夢をもち、理想を抱き、それを依りどころとして生活している人は、まだ青年であるといえます。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月19日》
夫婦円満の秘訣
 家庭のかなめは夫婦円満です。(中略)男性と女性の考え方の違いを完全になくそうとしたって、それは無理というものです。互いに足りない者同士、許し合って、互いの違いによってこそ補い合っていけるのだと感謝し合う、その心が夫婦円満の秘訣です。
 男と女の間には埋めることのできない海があるなどと言う人もいますが、ヨットで太平洋を横断した堀江謙一さんは、「海は陸と陸を隔てるものでなく、陸と陸をつなぐもの」という名言を吐かれています。味わうべき言葉ではないですか。(『開祖随感』より)

《1月18日》
一つずつの自信
 青年は、あれこれ迷う前に行動することです。一つのことに熱中すると、一つの自信が生まれます。誠心誠意コツコツとやっていれば周囲が評価してくれて、それで、もう一つ自信がついてきます。そうして、だんだん自分の目標が見えてくると、青年の目の色が違ってくるのですね。(『開祖随感』より)

《1月17日》
悦びをもった青年を
 心の底から相手のことを思いやる心、その小さな行為の中に仏さまが顕(あらわ)れ、それが相手の心を揺さぶるのだと考えますが、そういう悦びをもった青年を一人でもふやしていく実践の積み重ねによって平和社会のいしずえが築かれていくと思うのです。(『笑顔のさきに「合掌礼拝」』より)

《1月16日》
でくの坊だと言われても
 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩の中に、“雨にも風にも負けず、そして人にでくの坊だと言われてもちっとも動じないような人になりたい”といった言葉がありますが、青年はすべからく、そういう気持ちになっていただきたい。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月15日》
親子
 親は子を一個の人間として見、その存在価値の尊厳さを認めてやらなければなりません。自分の思うとおりに動くロボットのように考えることは、絶対にやめることです。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月14日》
美しい家庭
 忍耐し合い、譲り合い、人権を認め合う態度、これがあってこそ品格のある、美しい家庭となり得るのです。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月13日》
家庭は人間らしい心をはぐくむ場
 親子・兄弟・姉妹が愛情と信頼と献身とをもって一つにつながり合っている家庭という世界こそ、人間らしい心をはぐくむ絶好の場であります。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月12日》
夫婦の愛情
 夫婦間の愛情は、長い年月をかけ、お互いの緊密な共同作業によって、自分たちで築き上げていくものであって、安易な既製品はないことを知っておくべきです。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月11日》
本当の夫婦
 夫婦の生活もマラソンレースみたいなものです。長い道程です。苦しみは付きものです。そこを二人三脚で助け合いながら走り切るのが、本当の夫婦であり、価値ある人生なのです。(『庭野日敬法話選集』より)

奥さまと

奥さまと共に

《1月10日》
大志をもつ
 志を大きくもちながら、つねに脚下照顧、今日をたいせつにし、現在の仕事を着実に果たしていかねばなりません。いや、志を大きくもっておれば、おのずからそこに新鮮な創意工夫が生みだされますから、現在の仕事もただ十分にではなく、十二分にも十五分にも価値を拡大することができるのです。それが、大志をもつものと、もたざるものとのちがいです。(『佼成』より)

《1月9日》
重重無尽の因果
「よい花」を咲かせるには、「よい種子」を蒔かなければなりません。その「よい種子」とは、「よい実」の中に生じたものであり、その「よい実」は「よい花」から結ばれたものです。卵と鶏とどちらが先かというのと同じで、因果の関係は、このように無限に巡り巡っていくものなのです。
 しかも、そうしたタテの因果だけでなく、よい花が咲くのには、土壌とか、気象などの環境や、ハチやチョウなどの協力や、人間がしてくれる施肥・灌水(かんすい)などの管理といったヨコの因果もからまってきます。花一つ咲くにしても、こうしてタテ・ヨコの因果が重重無尽に重なり合っているのです。世の中の万物万象、この法則から外れるものは一つとしてありません。(『躍進』より)

《1月8日》
正しい信
 正しい〈信〉とは、何を信ずるのでしょうか。わたしは、仏教徒であるかぎり、つぎの三つを信ずるのが根本であると断じたいのです。

①この宇宙の根元は、絶対唯一の存在(真如すなわち久遠の本仏)であり、われわれはその大生命に生かされていることを信ずる。

②その久遠の本仏、すなわち絶対唯一の大生命の存在を悟得し、その悟得を衆生に伝えるために説かれた釈迦牟尼世尊の教えが、最高の真理であると信ずる。

③釈迦牟尼世尊の説かれた教えを正しく学び、正しく守り、正しく行ずる人びとの集まりである正定聚こそ、この世に理想国土を建設する力の基盤であることを信ずる。(『躍進』より)

《1月7日》
心の出家
 三宝に帰依する念をもって、社会のために働くという心の出家が大切なのです。(中略)われわれが心の出家をすれば、その影響は必ず周囲の者に及び、知らず知らずのうちに大きな功德を与えるものです。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月6日》
まず平和な家庭を
 私達には使命があります。言うまでもなくお釈迦さまの教えを多くの人に伝え、世の中全体を平和な仏国土にするということです。そのためには、まず自分の家から、教えにそった平和な家庭を築き、その力を蓄え、その力をもって外に向かって働きかけていくことが肝要です。(『庭野日敬法話選集』より)

《1月5日》
家庭の成仏
 私ども立正佼成会の僧伽では「下がる」ということをよく説きます。これは、決して形の上だけへりくだったり、譲ったりするのではありません。じつは、この「下がる」ということが心の中の我を捨てることなのです。我を捨てて相手の存在価値を拝むことなのです。「わたしが」「オレが」でなく、「あなたがあればこそ」「お前のおかげで」と考えることです。そうすれば、その思いは必ず形の上に現われてきます。これがほんとうの「下がる」ことなのです。(中略)
 つまり、まずだれかひとりが菩薩になることが必要なのです。だれかひとりが菩薩になり、ほんとうの意味の「下がる」を持てば、「和」は自然に醸成されてくるものなのです。それは「下がる心」「拝む心」が人々にそなわっている仏性を拝み出してくれるからです。そうして、仏さまに囲まれている自分を発見することができたときに、この世がそのまま極楽浄土になるのです。
 その極楽浄土は家庭においてこそ、最も容易に醸成できるものなのです。そして、そこを基地として、職場へ、地域社会へと、その「下がる心」による「和」を次第に広げていったとき、この社会全体が極楽浄土と化していきます。これが私達の社会浄化の働きかけにほかなりません。
 だからこそ、立正佼成会では、「家庭の成仏」を非常にたいせつに考え、何よりもそれをめざして精進しているのです。(『躍進』より)

《1月4日》
家庭が大事
 いつも自分を見ている人がいる場所に仏さまはいらっしゃるのです。仏さまを、自分以外の遠いところに見るのではなくて、自分の身近な場で、あるいは自分のなかに仏を発見することが大事なのです。だから、在家仏教では家庭が大事なのです。(『笑顔のさきに「常住此説法」』より)

《1月3日》
末法を救う
 このまま世界中で化石燃料を使い続けると、炭酸ガスが地球を覆って温度が上がり、南極の氷山が解けだして陸地のかなりの部分が水没してしまう、と警告が発せられています。裏付けのある予測で、世界の指導者がこぞってそれを訴え始めました。末法(まっぽう)というと、法がまったく絶えた真っ暗闇の時代を考えがちですが、法は厳然として存在しているのに、人びとが法からどんどん離れてしまうのが末法の時代です。
 物があふれ、はなやかなに繁栄しているようにみえるいまの社会も、豊かさや便利さを飽くことなく追い続けると、どんどん法からはずれ、破滅の道をたどりかねません。
 法華経には、燃えさかる家の中で、その火に気づかずに遊びほうけている子どもたちの話が出てきます。その子どもたちに仏さまは、「外には、すばらしい車があるぞ」と呼びかけて大火から救いだされます。幸せを求めているつもりで、自分がどこへ向かっているか気づかずにいる現代人も、“火宅の子”と言えましょう。その人たちへの呼びかけは、物の豊かさや便利さを上回る真の豊かさ、本当の喜びを知ってもらうことです。
 新しい年を迎え、決意を新たにしようではありませんか。(『開祖随感』より)

《1月2日》
目の前の仏を拝む
 お釈迦さまは法華経で、すべての人に成仏の保証を与えられています。その条件として、たとえば舎利弗尊者に対しての授記では、「舎利弗よ、あなたは無数の仏につかえて菩薩行に励み、未来世に華光(けこう)という名の仏になって人びとを救うことになります」と語られます。万億の仏の供養が成仏の条件としてあげられているわけで、私たちには、ほど遠いことのように思えます。
 しかし、そのお手本が具体的にちゃんと示されているのです。それが常不軽菩薩の礼拝行です。常不軽菩薩は出会う人出会う人を拝みぬきます。自分をののしる人にも、暴力を振るう人にも、仏を見ていくのです。
 私たちは、家庭で、職場で、社会で、数えきれない人に出会います。その一人ひとりに仏さまがいらっしゃるのです。その仏さまを拝んでいくのが万億の仏を供養することだともいえましょう。自分を守ることに汲々(きゅうきゅう)とするのではなく、出会う人のすべてに喜びを与えていける自分になる決意をしようではありませんか。まず、自分が光り輝く存在にならなくてはなりません。この決意を持ったら、今年はすばらしい一年になりましょう。(『開祖随感』より)

《1月1日》
国の宝
 新年、明けましておめでとうございます。年頭にあたり、みなさまのご多幸を心からお祈りいたします。
 昨年も、国内、国外を含めていろいろな問題が起こりましたが、なにはともあれ、こうして正月を迎えさせていただいたことに、お互いさま心から感謝しなくてはなりません。そして、新しい気持ちで、この一年を踏みだそうではありませんか。(中略)
 日本には資源がありません。人間こそが財産であり、国の宝です。伝教大師は「径寸十枚是(こ)れ国宝に非ず、一隅を照らす此れ則ち国宝なり」とおっしゃいました。与えられた自分の仕事に打ち込んで、その場になくてはならない人間になること、それが「一隅を照らす人」です。
 その姿をもって周囲の人を正しい道に導くことができれば、必ず国は栄えます。そういう人こそ国の宝なのです。まず己を正す月、これが真の正月です。(『開祖随感』より)

初日の出

令和三年「初日の出」(伊勢にて)

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