【こころの彩時記13】初春の心
- 2018/11/30
- 自分を創る
今年も「師走」(12月)を迎えました。皆さまにおかれましても、新年に向けて忙しい日々が続いていらっしゃるかと思います。
古来、日本人は四季折々の自然と共に生きてきました。特に日本人にとって生命の源である稲作は“春耕秋収(しゅんこうしゅうしゅう)”といわれ、春に種を蒔き、秋に収穫するという一年の流れは、農耕社会に生きる私たちにとって重要なサイクルとなっていました。
よって「暦法」が採用される以前は、春の初めを年の初めとし、年賀状などの挨拶に「初春」とか「迎春」の言葉を述べるのは、こうした日本人の生活思想を無意識に伝承しているためと言われています。
つまり、お正月とは長い冬が終わり、すべての生物が躍動する春を迎え、人々がその生命力の更新を喜び、祝ったところに“めでたさ”があったといえましょう。
また正月には家々に、「歳神(としがみ)」が来ると信じられていました。歳神さまは穀霊であり、同時に祖先神でもありました。
では、その歳神さまはどこからやって来るのか?
正月さん どこまでござった
きつきり山の下までござった
お土産になにもって
小豆俵に米俵
という「わらべ歌」が遺されています。
ある地方では歳神さまは高い山から里に降りてきて、またある地方でははるか空の彼方から、またある地方では海の向こうから、作物の豊作をもたらしてくださる神であると信じられてきたのです。
正月に立てる門松の起源は、この歳神さまが降りてくる際、最初に目にとまる「目印」として立てられたとも言われています。
またこの歳神さまへの供え物になくてはならないものがお餅です。なぜ、お餅は白くて、丸いのか?それは新年によって新しく生まれかわる霊魂を形どっているからといわれ、私たちはこのお餅を食べることによって、生命力(魂)の更新をはかろうとしたのではないでしょうか。
そして、現在の「お年玉」のルーツもお餅です。「年玉」はすなわち「年霊(としたま)」・「年魂(としだま)」でした。
ともあれ祖先神(ご先祖さま)と共に迎えるお正月。家族が心一つに感謝の心で新年を迎えたいものですね。
大空の あくなく晴れし 師走かな
久保田万太郎
*「あくなく」は「果てしなく」の意味です。
※上記の記述の内容については、諸説ありますことを予めご了承ください。