💎 庭野日敬開祖「一日一言」~毎日のことば~(8月)

開祖さま(8月使用) 立正佼成会を創立した庭野日敬開祖の珠玉のおことばを「一日一言」と題して、毎日更新し、1つずつご紹介していきます。8月のテーマは7月に引き続き「庭野開祖の心と願い」です。

《8月31日》
真の生きがい
 今日の自分は、長い長い過去の集積です。そこで今日はまた力いっぱいの働きをし、精いっぱいの努力をして、過去の集積に、さらに善きものを新しく積み重ねるのです。それが今日の生きがいです。そして、それが悠遠な生きがいにつながるのです。(中略)
 今日一日を、りっぱに生きればよいのです。ありったけの力を今日にぶっつければよいのです。
 そして、「今日も自分の永遠の生命の上に善きものを集積したのだ」ということをハッキリ自覚することです。それが真の生きがいというものだと思います。(「人間の生きがい」より)

《8月30日》
人間の心を変える
 たしかに人間の心を改革しない限り、世界の平和は達成できないということは事実であります。そして、その人間の心を変えることこそ、私たち宗教者の使命であります。
 しかし、人びとは“人間の心を変えるなどということは簡単に出来るものではない”と申します。しかし、人間の心を変えることは、物を変えるより易しいと言えるのではないでしょうか。
 ここに一本の材木があると致します。これを鉄に変えるようにと言われても、貴方にはそれが出来るでしょうか。これに対して“貴方の心を占領している争いの気持ちや貪欲を捨てなさい”と言われたならば、貴方は“絶対に不可能である”とは言わない筈です。恐らく、誰もが“やれば出来るかもしれない”と感じられるに違いありません。しかも、心を変えることは一瞬にして出来るケースは多々ございます。仏教でいう“娑婆即寂光土”とは、そのことを指しているわけであります。
(1981年7月 第二十四回 国際自由宗教連盟(IARF)世界大会〈オランダ〉記念講演より)

《8月29日》
未来のための供養
 人間のいのちというものは先祖代々から自分へ、自分から子孫代々へと無限に続いていくのです。肉体的にも精神的にもね。ですから、先祖供養をして過去の人の魂を養い、菩薩行の功徳を積んで現在の自分を向上させることは、つまるところ未来に生れてくる子供や孫を立派に育てることにつながるのです。
 今、自分の目の前にいる苦しみ悩みをかかえている人と真剣に取り組み、その問題を解決していく。そういう姿を子供や孫に見せていく……これが、“未来に向けての供養”の最たるものなんです。ですからこの未来のための供養ということこそが先祖供養の神髄であると、わたしは声を大にして強調したいのです。(「躍進」より)

《8月28日》
わが子は授かりもの
 わが子を神仏からの授かりものと拝む心になると、親のいたらなさを子どもが教えてくれているのがよく見えてきます。親の自分こそもっともっと努力しなくちゃならない、という気持ちがわいてきます。親ごさんがそういう素直な心になると、子どもさんもすくすくと素直に育っていくのです。(「開祖随感」より)

《8月27日》
分を守る
 家庭成仏というのは、みんなが心から満足していることだと考えると、わかりいいと思うのです。相手を救うとかなんとか力まなくてもいいのです。まず自分が自分の分を守る。ご亭主はご亭主の分を守る、奥さんは奥さんの分を守る。子どもは子ども分を守る。まことに簡単なことのようですが、家族が家族として尊敬し合っていないと、自分の分を守ることができないのです。(中略)
 互いに相手のいいところを見つける努力をして、それを、ひとことでもいいから口に出して言ってあげる。それが相手を尊敬することなのです。そういう努力をしていると、おのずと自分の分が守れるようになります。会社の成仏、国の成仏、世界の成仏も原理は同じです。(「法を説く勇気」より)

《8月26日》
だめな人間はいない
 私は、「世の中にだめな人間などいない」と信じています。お釈迦さまは、「若し法を聞くことあらん者は 一(ひと)りとして成仏せずということなけん」(方便品)と、断言されています。「一人残らず仏になれる」と保証されているのですから、だめな人間などいるわけがないのです。(「我汝を軽しめず」より)

《8月25日》
「よい暮らし」とは
「よい暮らしをしたい」という欲求は、これまでどおりであっていいのですが、その「よい暮らし」の内容をたんなる物質的な豊かさ・肉体的な享楽から、もっと深みのある精神的な豊かさ、魂の喜びへと転換させていくのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月24日》
万教同根・宗教協力
 宗教、宗派を越えた一乗の精神に貫かれた法華経を所依の経典とする私どもにとっては、宇宙の真理はただ一つであって、各宗教はその真理の多様な表現にほかならないから万教は同根であり、宗教協力は必然だ、という信念なのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月23日》
人間だけが幸福になればいい?
 われわれは「人間だけが幸福になればいい…」という視野の狭い、目先だけの、自分かってな考え方をやめて、「大自然とともに生きる」「すべてを生かし自分も生きる」という法華経の精神に立ち返らなければなりません。まことに急を要する一大事なのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月22日》
本物の懺悔
 過ちをおかしたら、心から「すみません」とおわびが言えるようになる。人に何かしてもらったときは、「ありがとうございました」と感謝の言葉が言えるようになる、これが懺悔の実行です。そんなことなら一分もかからずにできると思うでしょう。ただし、一度や二度ではなく、いつでも、どんな人に対しても、真心からそう言えるようにならなくてはならないのです。そうなれば本物です。(「ほほえみは世界を変える」より)

《8月21日》
ご守護のかかる懺悔とは
 懺悔をして自他共に功徳を頂けるかどうかの分かれ目はね、ひと言で言ってしまうと『正直になれるかどうか』で決まるんです。
 人さまに、自分の至らなさや足りなさを全部さらけ出して、本当の本音で話させて頂く。すると自分の心が、今までとらわれていた状態から解放される。気持ちがフーッと楽になります。そこに神仏のご守護がかかってくるんですよ。(「ほっしん」より)

開祖さま(9月21日使用)決定《8月20日》
ソフト開発の時代
「これからの時代はコンピューターやロボットが物をどんどん生産し、人は自分の自由や感性の充足を追求するようになるだろう。そういう社会にふさわしい政治や価値観、倫理などのソフトを開発しないと、社会の秩序が失われてしまう恐れもある」と専門家は警告しています。それが「心の時代」です。いよいよ仏教の時代がきたといえましょう。(「開祖随感」より)

《8月19日》
みんなが幸せに暮らせる社会づくり
 みんなが幸せに暮らせる社会をつくるのには、正しい道を歩む人を一人でも多くつくっていかなければなりません。それでなくては世の中はよくならないんです。
 何の信仰でもいいんですよ。神仏に対して恥じない人間が一人でも多くなれば、それだけ世の中は穏やかになると、私は信じています。
 佼成会だけを大きくしようと考えているわけじゃないから。けれども、佼成会もその使命の一端を果たさなければならない。(「救われた喜びがほとばしる」より)

《8月18日》
なごやかで、あたたかい社会
 人間関係の出発点は、何よりもまず「出会い」です。出会いがあってこそ、語り合いも生まれます。語り合ってこそ、お互いの理解も生まれ、理解し合ってこそ、信頼も生じます。相互に信頼し、固く結ばれるようになれば、そこにおのずから協力体制ができあがるのです。
 出会い → 語り合い → 理解 → 信頼 → 協力という人間関係の順序次第は、どこか遠回しのように見えますが、その基礎を固めるものと思います。日常の出会いを大切にして、お互いが胸襟を開くなかで仲よくなる。その出会いによって、お互いのあいだに信頼感を通わせていくことが大事です。その輪がだんだんと大きくなることによって、自然となごやかであたたかい社会が築かれていくのです。(「菩提の萌を発さしむ」より)

《8月17日》
生かされている悦び
 生かされているという自覚は、私たちに大きな希望と勇気を与えてくれます。日々の暮らしに、職業に、そして他を救い、世のためにつくす菩薩行に、勇躍してつき進んでいく力が、そこからこんこんと湧き出してくるのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月16日》
幸福とは
〈幸福は、つねに明るい望みをもちつづけている胸のなかにある〉

 人間はたいていある願望をもっています。その願望のかなえられた状態をつねに夢みています。ことに若い人はそうです。「こんな境遇になりたい」「こんな人間になりたい」「こんな仕事をしたい」等々。わたしは、こうした願望をいだくその態度に、幸・不幸の分かれめがあるとおもうのです。
 すなわち、その願望を〈いつかはかなえられる願望〉として、つねに明るい気持で胸にもちつづけているならば、その状態がすでに幸福にほかならないのです。(「人間への復帰」より)

《8月15日》
世界平和の泉を掘る聖業
 法華経の法師品(ほっしほん)に次のように説かれています。
「薬王よ。たとえば、水のない高原で、渇きに苦しんでいる人が井戸を掘ったとしましょう。掘っても掘っても土が乾いているときは、まだ水は遠いのです。それでも失望せずに辛抱強く掘り続けていると、だんだん湿った土が出てきて、それが、しだいにドロになってきます。すると、いよいよ水が近いことがわかります。菩薩の仕事とは、このようなものであります」
 平和実現のための仕事もまた、このようなものです。堀もしないうちから、あきらめたりして、どうなるものでしょうか。また少しばかり掘ってみて、乾いた土しか出ないからといってシャベルを投げ出したりしたのでは、けっして達成できることではありません。根気よく、忍耐強く、コツコツと堀り進んでいってこそ、清冽な地下水に到達することができるのです。
 わたしが直感するところでは、われわれの掘る土が、ほんの少しずつではありますが、湿ってきつつあるのです。そこで、いよいよ勇気百倍しております。どうか皆さんも、世界平和の泉を掘るこの聖業に、ますます協力してくださるようにお願いします。人間として、これほどの生きがいのある、崇高な仕事はないではありませんか。(「平和への道」より)

《8月14日》
心を清め、あたためる高貴な喜び
 人さまへの思いやりの気持ちを行動に移した経験のある人は、そのとき何ともいえないほのぼのとした気分を味わったはずです。心身にこびりついていた執着がとれて、自由自在の楽しさを味わったはずです。そうした快さは、その人自身の心を清め、あたためる高貴な喜びですから、それを味わえば味わうほど人格が高まっていくのです。(「我汝を軽しめず」より)

《8月13日》
奉仕の功德
 人のために奉仕しようと腹を決めると、じつに気が楽になるものだ。いつも素っ裸でいられて、いままで〈苦〉であった日常のいろいろな出来事がいっこう苦にならなくなる。あらゆる束縛が解けて自由自在な身になったような気がする。この実感だけでもまことに素晴らしいものだ。(「無限への旅」より)

《8月12日》
健全な社会、そして美しい社会へ
 社会を構成しているすべての人が、それぞれ自分の仕事や、自分のためにやっている行為によって、全体のために寄与し合っているならば、そういった社会は〈健全な社会〉であるといえましょう。
 ところが、それに奉仕という美しい行為が加わり、私を捨てて意識的に他のために尽くす心と心が、暖かく通い合う世の中になったら、それを〈美しい社会〉と名づけることができましょう。(「人間の生きがい」より)

《8月11日》
人類にとっての最大の命題
 すべての智慧を〈人間の幸福をおし進める〉という大きな智慧に統合する工夫が、これからの人類にとって最大の命題といわなければなりません。最大の命題であるばかりでなく、目のまえにさしせまった急務でもあるのです。(「庭野日敬法話選集」より)

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《8月10日》
胎教の大切さ
 いまの若いお母さんは、胎教というと、いい音楽を聞いたり、きれいな絵を見ることくらいしか考えませんが、それだけが胎教じゃありません。トイレの掃除も昔の人の考えた胎教の一つなのです。
 トイレのような汚れやすいところを、喜んで掃除させてもらう。人のいやがる仕事をすすんでさせてもらうといったお母さんの心構えから、きれいな心の子どもが生まれてくると教えたのです。(「子育てに損得なし」より)

《8月9日》
日々の実践の積み重ね
 町の清掃奉仕や、難民救済のお手伝いや、一食運動(一食を捧げる運動)など、そういう一見細かいような活動が積もり積もって世界の平和を築き上げるのです。しかも、それらの活動は、世の多くの人に菩提心を起こさせるという大きな効果を伴うのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月8日》
お互いの人格を高める源泉
 他人のために尽くせば、第一に、自分の心が平和になります。明るくなります。と同時に、その奉仕を受けた人にも「ありがたい」という温かい感情が胸に湧いてきます。こうした美しい感情のやりとりが、お互いの人格を高める源泉となるのです。(「庭野日敬法話選集」より)

《8月7日》
功徳抜群の読経供養
 私たちは、永遠の生命を悟ることによって、ものに執われた自己中心のものの見方から抜け出し、人さまのために、ご先祖さまのために、仏さまのためにと拝めるような、明るい人生を歩むことができるんですよ。そのために、仏さまはこの真理をお説きくださったんです。
 そうした深いお慈悲をじっくりと味わいながら毎日のご供養をしてごらんなさい。もう有り難くて有り難くて、お経の中にスーッと吸い込まれるような功徳抜群の読経ができますよ。(「ほっしん」より)

《8月6日》
神通力の秘密
 観世音菩薩が、さまざまな苦を持った人をもれなく救いあげることができるのは、救いを求める人の声に一心に耳を傾け、その訴えをすっかり聞きとられるからです。(中略)
「おれがこうなったのは親のせいだ」などと毒づいている子どもも、親の恩はちゃんと知っているのです。悪いのは自分自身だと知っていながら、弱みを見せたくなくて、逆に親にかみついてしまう。そんな自分が、自分ではどうにもならないのです。
 そういうせつない訴えを、観音さまは聞きとってくださるのです。一人ひとりがかかえているせつなさを、手のひらに感じるようにわかってくださり、人の心の底の底に隠れているほんとうの願いを知ってくださるのです。こうして、自分のすべてをわかってくれる人がいると知ったとき、眠っていた仏の心が噴出してくるのです。(「ほほえみは世界を変える」より)

《8月5日》
一皿のライスカレーを食べるにも
 自分一人しかいない無人島でライスカレーを食べようと思ったら、自分で稲を育てるところからやらなくてはならない。一皿のライスカレーを食べるにも、じつはたいへんな数の人のお世話になっているわけです。
「人は、まわりにいる人に生かされている」という教えは、ごく当たり前のことのような気がして、そのありがたさが実感できないのですが、周囲にだれもいなくなった状態を考えてみると、その重さが身にしみてわかります。(「生きてるかぎり二人連れ」より)

《8月4日》
いよいよおもしろくなってきたぞ
 お釈迦さまは自分の命をねらう提婆達多のことをお師匠さんと拝める人でした。だから仏さまになれたのです。立正佼成会の歴史をふり返ってみても、教団全体にかかわるような難題をのり越えたあとは、必ず会が大きく飛躍しました。
 そういうことを何度も体験してきているので、私はどんな難題がふりかかってきても悲観しません。「これも仏さまの大慈大悲だ。いよいよおもしろくなってきたぞ」と自分に言い聞かせる。すると力がたぎってくるのです。(「法を説く勇気」より)

《8月3日》
平和のために生きる覚悟
 会員の皆さんの中には、近年、わたしが平和運動に本腰を入れるようになったことに、ある戸惑いをおぼえている人があるかもしれません。そういう人たちのために、ぜひ一言したいことは、法華経こそは世界平和・人類救済の教えであって、わたしが前半生に布教に専念したのも、後半生に平和活動に献身するようになったのも、意義において、ぜんぜん変わるところはなく、法華経行者として当然の成り行きであるということです。(中略)
 わたしは、平和のために生き、平和のために死ぬことを覚悟としています。どうか皆さんも、わたしの熱意をくんで、こぞって協力して頂きたいのです。(「平和への道」より)

《8月2日》
思いやり
〈思いやり〉
ということばがあります。美しい日本語です。思いをむこうへやるのです。思いを贈るのです。思いだけでも“やる”のは、美しいことです。ましてや、その思いが行為となって贈られ、そういう思いやりが光線のようにあまねく世に飛び交うようになれば、そのときこそこの世に楽土ができあがったのだということができましょう。(「人間への復帰」より)

《8月1日》
「法華経」を読んでいただきたい
 あなたが、もしほんとうの幸福を得たいと思うならば、もしほんとうの人間らしい生き方をしようと思うならば、もし世界の成り立ちと人間の本質をほんとうに知りたいと思うならば、ぜひ一度《法華経》を読んでみられることを、心からおすすめする。
 かならずあなたも、大きな驚きを抱かれるだろう。(中略)
 どうか、一度《法華経》を読んでいただきたい。今まで読んだことのある人は、どうかもっと深く読んでいただきたい。おすすめする…というより心からお願いしたいのである。(「無限への旅」より)DSCF1334

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