💎 庭野日敬開祖「一日一言」~毎日のことば~(令和5年6月)

2021.12 使用

今月は、『法華経』を所依(しょえ)の経典とする立正佼成会の中心的行法である「仏性礼拝行」について、庭野開祖のおことばを「一日一言」と題して1つずつご紹介していきます。

【6月30日 自分が変われば相手が変わる】
 相手を変えようとするより先に自分を変える、その修行をするのが仏道を学ぶことだと言えましょう。経典に説かれているとおりに実行して自分が変わることで、どんなに幸せになれるか、法華経にはその功徳が満載されています。その法華経の神髄を、天台大師は「一念三千」という法門に凝縮されましたが、それを私たちは、「自分が変われば相手が変わる」という合言葉にして、毎日の生活の中で実践しているわけです。(『開祖随感』8巻196頁)

【6月29日 相手を認め、受け入れる】
 いちばん大事なのは、相手にその気になってもらうことです。つまり眠っている仏性を、どう引きだしてあげられるかなのですね。ですから、業を煮やしてこっちが怒ってしまったら負けです。相手は心を閉ざし、うしろを向いてしまいます。怒るかわりに相手を認め、受け入れる。それができるかできないかで、勝負が分かれてしまいます。(『開祖随感』8巻176頁)

【6月28日 「自高我慢」を除く】
 自高我慢とは、自分は人より偉いのだと高ぶり、我を通して譲らぬ慢心です。それを自分の心からすっかり押しだしてしまうことが、なかなかできないのですね。周囲のたくさんの人や物によって生かされている自分の本当の姿が見えて初めて、自高我慢が除かれ、人を導く力が具わってくるのです。
 よく、「最近の若い者はおだてて、その気にさせないと動かない」とか、「いや、厳しく言わないと増長してしまう」と意見が分かれて、どっちが本当なんだろうと迷っている人がいますが、人をうまく動かそうとか、教えてやろうと考えることが、慢心なのです。あくまでも謙虚に修行に徹するうしろ姿が、人を正しい道へいざない、導いていくのです。(『開祖随感』8巻172頁)

【6月27日 「謙虚」な心で】
 法座は、人が感心するような説法を聞かせたり、こっちの考えどおりに人を動かそうとする場ではありません。相手の苦しみとひとつになる場なのです。
 苦しんでいる人の訴えを、ありったけ聞いてあげる心になればいいのです。そのためには、なによりも謙虚さが大事です。(『開祖随感』8巻151頁)

【6月26日 欠点を長所にかえる“ウルトラC”】
 かなえてもらいたい願いというのは、つまりは欲なのですが、その欲がきっかけで、いつのまにか六波羅蜜を行ずる人になっていくわけです。そこのところを、とりわけ教会長さんや支部長さん、幹部さん方は見守ってあげてほしいのです。初めから「欲を捨てなくては幸せになれません」「その短所を直さなくちゃならないんですよ」と改めさせようとすると、その人の活力までそぐことになりかねません。その欲をうまくリードしてあげると、それが精進のエネルギーに変わっていくのです。
 欠点を指摘するのは、だれにもできます。大事なのはその人の長所を見つけてあげられる目を持つことです。それが具わって初めて、人の欠点を長所に変えるという“ウルトラC”ができる幹部さんになるのですね。(『開祖随感』8巻96頁)

【6月25日 そっくり受け止めてあげる】
 目先の利害に振り回されて、顚倒した見方でいま苦しみもがいている人は、自分の力でそこから脱出することは、まず不可能です。そうして苦しんでいる人を見ると、「そんなことをしていてはだめじゃないですか」と、つい叱咤したくなるのですが、あやまちまでも含めて、その人をそっくり受け止めてあげるのが、すべての人の仏性を認めることなのですね。
 まわりじゅうからあやまちを責め立てられている中で、人の温かい言葉に触れると、そのひと言で、ハッと自分に気づかされるものなのです。それまで閉じ込められていた仏性が、ひとりでに表に現われてくるのです。(『開祖随感』8巻92頁)

【6月24日 相手の心に寄り添う】
 人をこう動かそう、ああ動かそうと思っても、人はこちらの思いどおりに動いてくれるものではありません。ところが、心の底から相手に幸せになってもらいたいという願いから出た言葉は、ただのひと言であっても、相手の琴線に触れて、人を動かすのです。そういうひと言は、いつも相手の心に寄り添っていてこそ出てくるのですね。(『開祖随感』8巻19頁)

【6月23日 生きる力を与えてくれる人】
 自分がどんな人のそばに行きたくなるか、反対に、ちょっと敬遠したくなるのはどういう人か、思い浮かべてください。いつも自分のことを認め、ほめてくれる人の姿を見かけると、こっちから、そばに寄っていって声をかけたくなりますね。反対に厳しいだけの人は、ありがたいことを言ってくれる人だと分かっていても、つい敬遠したくなってしまいます。
 優しいという字は、人偏に憂えると書きますが、自分のことで憂えるのでなく、人の悲しさ切なさを本当に憂えてあげられる人、それが優しい人です。そういう人こそ、人に生きる力を与えてあげられる人、人間としていちばん優れた人です。だから優しいという字は、優れているとも読むのです。(『開祖随感』7巻216頁)

【6月22日 本当の和の世界】
 自分は正しいのだという高みに立って相手を責めると、悪いのは重々承知でも、“三分の理”を言い立てるのが人間です。かりにそれで相手が変わったとしても、こっちのほうが、いつのまにか鬼の心になってしまっているのです。
 自分のものさしで測っているうちは、相手の間違いしか見えないのですね。教えに照らして自分を省みる懺悔があって初めて、自分も相手も一緒になって幸せをかみしめられる、本当の和の世界が広がっていくのです。(『開祖随感』7巻193頁)

【6月21日 出会う人が仏の子】
「神を愛している、と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」という聖ヨハネの言葉があります。(中略)
 あの人、この人の欠点ばかりが目について、人をさしているうちは、「すべての人が仏性を具えた私の子どもなのですよ」とおっしゃられる仏さまを本当に信じているとはいえないのですね。
 出会う人、出会う人を通して、自分の三宝帰依がどれだけ本物になっているかが確かめられるわけです。(『開祖随感』7巻184頁)

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【6月20日 本当の三宝帰依】
 完全無欠な仏さまなら信じて疑わないけれども、自分のまわりにいる人は、あの人も此の人も、信じられるような人はいない、というのでは、まだまだ本当に仏さまを信じているとはいえません。
 身近にいる人は、アラのほうばかりが見えてしまうものです。その人も仏の子なのだと、その本性を拝めるようになって初めて本当の三宝帰依になるのです。(『開祖随感』7巻174頁)

【6月19日 人間と人間の対話】
 どんな問題であっても、話したいこと、聞きたいことがある人がいたら、その言い分をとことん聞いてあげて、「なるほど」と心から納得してもらえるまで話してあげる。それが法座です。
 相手の言葉をひと言ふた言聞いただけで、「あとは聞かなくたって分かっていますよ」といった調子で決めつけてしまったのでは、人間の対話は成立しません。(中略)
 すべての人が、それぞれの尊厳さを具えた存在であることを胸にしっかり刻みつけて、相手を心から礼拝できなくては人間の対話は成り立ちません。(『開祖随感』7巻142頁)

【6月18日 認めてあげる】
 いまの社会で、人びとが心の中でいちばん求めているのは自分の気持ちを分かってほしい、ということなのではないでしょうか。(中略)
 十やったことを、十三も十四も認めてもらわないと納まらないのが人間なのです。ところが、よくてもせいぜい七、八分しか人は認めてくれない。ですから、その不満を親身になって聞いてくれる人がいると、それだけで救われてしまうのですが、たいていの人は、相手の訴えを聞くより自分の言いたいことを先に押しつけてしまうのですね。(『開祖随感』7巻64頁)

【6月17日 「ほほえみ」は菩薩行の核心】
 自分のほうからほほえみかけても、相手がつんとしていたり、中には、わざわざそっぽを向くという人もいます。そういうとき、どうするかが大事です。
「期待したほほえみが返ってこなくでも、不愉快になるかわりに、もう一度、あなたからほほえみかける。ほほえみを忘れた人ほど、それを必要としている人はないのだから」と教えてくださる人がいました。
 小さいことのようですが、そこに菩薩行の核心があるのですね。(『開祖随感』7巻43頁)

【6月16日 繰り返し丁寧に】
 どんなに幼稚な質問をしてくる人に対しても、「それは、こういうことですよ」と、こんこんと話してあげる。何度同じ質問を受けても、面倒くさがらずに、そのたびに丁寧に答えてあげる。これが仏教の説き方です。(『開祖随感』7巻37頁)

【6月15日 自分の分を守る】
 家庭成仏というのは、みんなが心から満足していられることだと考えると、分かりやすいと思うのです。相手を救うのだなどと力まなくてもいいのです。まず自分が自分の分を守る。
 ご主人はご主人の分を守る。奥さんは奥さんの分を守る。子どもは子どもの分を守る。誠に簡単なことのようですが、家族が互いに尊敬し合っていないと、この自分の分を守ることができないのです。(中略)
 互いに相手のよいところを見つける努力をして、それを、ひと言でもいいから、口に出して言ってあげる。それが、相手を尊敬することです。そういう努力をしていると、おのずと自分の分が守れるようになってくるのです。
 会社の成仏、国の成仏、世界の成仏も、原理は一つです。(『開祖随感』7巻12頁)

【6月14日 凡夫としての自覚】
 どの人間にも、長所と短所があるものです。美点と欠点といってもいいでしょう。
 ですから、聖徳太子はその長所と短所の輪がからみ合ってできている状態を評して、あたかも耳飾りのようなもの、すなわちイヤリングに似ていると言われています。(中略)
 一切衆生はことごとく仏性を具えており、それを開顕することこそがいちばん大切なのだ、と仏教では教えています。互いに欠点ばかりを見ているだけでは、解決になりません。まさしく聖徳太子が言われたように、お互いさま、凡夫である自覚と謙虚さことが大切なのです。(『開祖随感』第6巻87頁)

【6月13日 自己を見つめる】
 なによりもまず、自分自身に目を向けなければなりません。禅宗では「見性成仏」ということを教えます。自分の心を徹底的に掘り下げて見極めてこそ、わが身が仏性そのものにほかならないことが自覚でき、本当の自分に目覚めることができるのです。(『開祖随感』4巻289頁)

【6月12日 自他一体】
 道元禅師は、自他はともに一つのいのちを生きる存在であるとして「他己(たこ)」という言葉を用いられました。私たちは自分と他人を異なる存在と峻別(しゅんべつ)しがちですが、他人も同じ仏のいのちを生きるもう一人の自分なのです。自他が一体であれば他人が不幸のままでは自分も本当に幸せになれません。人さまのための慈悲行は人間のつとめだからというのでなく、自己を向上させてもらうためのものであるのです。(『開祖随感』3巻109頁)

【6月11日 ほめてあげる】
 人の欠点だけを見てそれを突くよりも、よい点を見つけてほめてあげ、また自分にも取り入れさせてもらう、そのほうが、どれだけ相手に喜ばれ、自分を豊かにするかもしれません。(『開祖随感』3巻16頁)

【6月10日 ただひと色の“空”】
 この世に存在するものは、すべて、ただひと色の“空”で成り立っています。その現われは、無生物あり、動物あり、いろいろな人間ありで、まことに種々さまざまです。この無数の異なる形を持つものが、それぞれに自分の持ち前、存在価値をフルに発揮し、役割を果たすところに大調和が現出するのです。(『開祖随感』2巻277頁)

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【6月9日 それぞれの成仏②】
 人それぞれの性質に応じ、天分に応じ成長し、自分なりの実を結ばせることがなによりも大切で、尊いのです。それぞれの持ち味を完全に発揮させるのが成仏です。(『開祖随感』2巻273頁)

【6月8日 それぞれの成仏①】
 仏さまは、すべての人を平等に見て、ある人をかわいがり、ある人は憎むというようなことは決してなさいません。いつも一切の人に平等に法を説かれるのです。あの人はあんなに早く成長しているのに、私はなかなか成長できない、とあせったり、あきらめたりしてはならないのです。(『開祖随感』2巻273頁)

【6月7日 菩薩行とは】
 菩薩行とは、現実の汚れの多い世界から逃げ出さずに、すべての人にそなわる仏性に働きかけて自他ともにそれを磨き出していく実践です。
 人さまに積極的に働きかけていくことによって、人は自分の本当の姿に目覚めることができます。そして、すべての人の仏性をいきいきと発現させるために手を差し伸べ、この現実の社会を理想の世界に変えようと努力し続けるのが菩薩なのです。(『開祖随感』2巻271頁)

【6月6日 すべての人が仏の子】
 神仏から見れば、かわいくない人間、無用な人間などあるわけがないのです。私たちはつい、「いてもらわなくてはならない人」「いてもらっては困る人」などと人を区別しがちですが、すべての人が“仏の子”であることを、互いにしっかりと心に刻まなくてはなりません。(『開祖随感』2巻195頁)

【6月5日 一切衆生はわが子】
 私たちは、何か苦しいことにぶつかってどうしようもなくなると、「神も仏もあるものか」と叫びたくなるときがあります。しかし、「一切衆生はわが子」といわれる仏さまが、私どもを見放されるわけがありません。仏さまは、いつも私たちを見守り、救いの手を差し伸べてくださっているのに、私たちのほうがそっぽを向いて、その手をはねのけているのです。(『開祖随感』2巻151頁)

【6月4日 人間性の開発】
 仏性とは、すべての人間にそなわる本然の性ですから、これを「人性」と呼んでもいいのですが、善も悪もそのままでいいわけではありません。あくまでも、人性即仏性で、自分の内にある仏と同じ性質に気づき、それを伸ばすことが大切なのです。
 仏性開顕とは、つまり人間性の開発ということにほかならないのです。(『開祖随感』2巻15頁)

【6月3日 仏性の開顕は人生の大眼目】
 仏性の開顕は人生の大眼目です。浄土は西方の彼方にあるのではなく、自己の本然の姿である仏性を開顕したときに、苦の娑婆と見えたこの世界が、じつは浄土であったと分かります。それが『法華経』に説かれる「我此土安穏 天人常充満(がしどあんのん てんにんじょうじゅうまん)」の世界です。(『開祖随感』2巻14頁)

【6月2日 人に拝まれる人】
 人は畏敬する対象を持つことによって、おのずと謙虚さがそなわります。神仏に合掌し、人さまに心から合掌できる人、人を拝める人こそが、だれからも拝まれる人になるのです。(『開祖随感』1巻87頁)

【6月1日 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)】
 「天上天下唯我独尊」という言葉も、お釈迦さまがご在世当時のインドの社会にあって人間として生きる喜びを失っている大衆に、自分という存在は世界にただ一つしか存在しない、なににも代えがたい尊い存在であることを教え、人間として生まれた喜びを知らしめる表現であったのです。(『開祖随感』1巻78頁)

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「常住此説法」(庭野日敬 書)

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