🚢 「大好きな街」人に出会い、見つけた私らしさ 💖 織笠有加里さん(第1回)

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織笠有加里さん

 宮城県の北東の沿岸部に位置し、人口約6万人の気仙沼市。気仙沼漁港など日本有数の港町として知られています。2011年(平成23年)3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」(東日本大震災)では、地震そのものの被害に加え、津波や火災、地盤沈下などによって大きな被害を受けました。
 その気仙沼市で、市全体の観光戦略を推進していくことを目的として設立された「一般社団法人 気仙沼地域戦略」の一員として、いつも明るく、笑顔で街の活性化に向けて仕事に打ちこむ織笠有加里さんの思い、情熱、そして活動について、8月、9月と2回にわたりご紹介いたします。インタビューアーは仙台教会婦人部長 安藤高子さんです。(*インタビューは、新型コロナウイルス感染対策に十分に留意して行いました)

安藤
 織笠有加里さん、本日はよろしくお願い致します。はじめに、有加里さんのプロフィールを教えていただけますか?

織笠
 生まれが宮城県仙台市です。今年で29歳になります。大学は県内の宮城大学に進学し、建築の勉強をしていました。大学の時に気仙沼の唐桑町に牡蠣小屋があるのですが、そこの建設プロジェクトに携わり、それをきっかけに気仙沼に通うようになりました。偶然にも、震災後のボランティアで父親も唐桑町に来ていたので、たびたび合流することもあり、自然と気仙沼に通うことが多くなりました。
 大学生活では、定期的に気仙沼に通っていましたが、そこから仙台の設計事務所に就職をして、その間は気仙沼には来ていなかったですね。3年弱、設計事務所で働いたのちに、気仙沼に移住してきました。 

安藤
 気仙沼とはご縁が深かったのですね。今のお仕事に就かれた経緯など、教えていただけますか?

織笠
 大学時代に気仙沼に通っていた時、民宿のおかみさんや、地域の方とのご縁もあり、気仙沼の魅力は感じていました。設計事務所で働いている間、自分の将来のことを考えました。その時、
(このまま日々の仕事に追われたまま設計事務所で働いていくのかな?)
といった漠然とした不安や悩みが出てきて、心身共に落ち込んだ時期がありました。
 そう思った時に、いっそのこと、仕事も住む場所も変えようと思い、親交の深かった気仙沼に行きたい!と思いました。気仙沼には移住定住の支援窓口があり、Uターン帰省者や、Iターンの移住者の方が窓口を担当されていました。そこに相談をして「地域おこし協力隊」の仕事をさせて頂き、三年経験した後、今の「一般社団法人 気仙沼地域戦略」の職場を紹介してもらい、現在に至っています。

安藤
 職場も住む場所も一気に変える、すごい決断でしたね。今のお仕事によく巡り合えましたね。

織笠
 転職をしたいと思い、いろいろ調べた時に、転職サイトはいろいろありますが、こういう“街を盛り上げる”、とか、“街づくりをする”といった募集はまったくと言っていいほどありませんでした。もちろん、気仙沼の「地域おこし協力隊」の情報などはありませんでした。
 そこで、単身、気仙沼市に行って、先ほどお話した支援窓口に飛び込みました。
「私は仙台の民間企業で働いていましたが、なかなかピンとこなくて。以前ご縁のあったこの気仙沼市で私にできることって何かありますか?復興に向けてたとえわずかでも貢献したいんです」
 そう私の思いをありのままにお伝えすると、「地域おこし協力隊」を募集中だと紹介して頂き、すぐに応募させてもらいました。

安藤
 すごいですね。では初めから、今のところに就こうと思っていたわけではなく、紹介されて、では、やってみよう!!という流れだったのですね。

織笠
 はい。多分、自力ではたどり着けなかったかなと思います。街をつくっていく仕事として肌で感じてわかるところが面白いですね。

安藤
 具体的にお仕事の内容を教えていただいてもよろしいですか?

織笠
 現在は、「気仙沼クルーカード」という事業に携わっています。気仙沼のお店だけで使えるポイントカードなのですが、気仙沼もどんどん人が減ってきていていますし、地元のお店や業者さんを応援したいという思いで取り組ませて頂いています。
 ポイントカードでの事業による一部の人たちの金銭的な利益を目的としているのではなく、気仙沼市の市民や街の全体、さらには気仙沼の港や企業などに関わるすべての人を応援していこうという取り組みがこのクルーカードです。クルーとは〈乗組員〉という意味なのですが、気仙沼で暮らす人、故郷を離れて想う人、ボランティアも観光客も、みんな「気仙沼」というこの船に乗り合う乗組員(クルー)になって、街を元気に動かそう!という想い、願いがこめられています。

文中使用写真

気仙沼港に停泊する漁船

安藤
「クルーカード」を通して、気仙沼の街全体の活性化をはかっているのですね。

織笠
 そうなんです。今、133店舗のお店に加盟して頂いてるんですけど、それこそお店に行って「最近どうですか?」と話しを伺ったり、みなさんに利用していただけるようにいろんな企画を発案・提案したり、私も慣れない街のさまざまな動きのデータを見ながらがんばっています。世間でいうマーケティングのお仕事に近いですね。

安藤
 気仙沼の「クルーカード」に対して、お店の方々の反応などはいかがですか?

織笠
「気仙沼クルーカード」
は、今年で4年目を迎えます。現在3万人の会員さんがいらっしゃいます。カードを持ってくださる方が増えると、お店の方でも「嬉しいね~」と喜んでくれています。
 約3万人いらっしゃる会員さんも、実際のところ半分は街の外から応援してくださる方ですので、「また来てもらった時には、どうやってお迎えし、おもてなしをさせてもらおうか?」といった相談などをよくしています。

安藤
 例えば、街の人たちから実際に聞いて、「こういうものが必要だな」とか、そういうリサーチみたいなこともされるのですか?

織笠
 リサーチは結構、私生活の中でしています。プライベートで活動するのも地元ですので、プライベートで出かけた地元のイベントで、仕事で繋がりがある方と、ばったりお会いすることもたくさんあります。
「〇〇のお店とこういうコラボをするんだよ」とか、「自分の店で、こういうのをやりたいんだよね」など、そんな話しを聞いた時は、私の方で知っている関連しそうな方やお店を紹介したり、お繋ぎをしたり、そういったこともさせてもらっています。

安藤
“縁”
をお繋ぎする役目もされてらっしゃるんですね。

織笠
 そうですね。観光ガイドさんのように表立ってお客さんを接客する、というよりは裏方側の仕事ですね。

安藤
 プライベートの中でもいろんな繋がりを大事にされてらっしゃるのですね。

織笠
 なんかないかなって、いつも眼を凝らして探しています。「クルーカード」の仕事は「気仙沼地域戦略」の中で事業の軸という位置付けです。その中で私は、現在、「体験プログラム」の企画、開発をメインで担当しています。気仙沼港で遊覧船を運行している会社さんに、「例えば夜のクルーズとかどうですか?」とかはたらきかけをさせて頂いたこともあります。
 去年は、地元の老舗酒蔵さんとお隣にあるレストランとコラボをして、ペアリングのディナーを企画しました。美味しいお酒と海の幸とが合わさると、どれだけ美味しく頂けるのか!?

安藤
 互いに香りや味を高め合う組み合わせ、“マリアージュ”ですね。

織笠
 そうです、事業者さんとマリアージュを楽しめる街として、広げていくのもいいんじゃないか、という話しになりました。地域戦略の私が、一から着想して創るというよりは、事業者さんの声を拾いながら一緒に創っていくという感じですね。

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いつも笑顔が素敵な織笠さん

安藤
 広がりや可能性が見いだせる、すごく素敵なお仕事ですね。今のお仕事の一番の魅力はどんなところですか?

織笠
 そもそも私も仙台市からの移住者で、外から来た私を受け入れてくれた気仙沼の街の人たちが大好きです。とっても温かくて、優しい人たちばかりです。そんな気仙沼の人たちと街の復興に向けて一緒にお仕事をさせて頂き、人や街が活気づいていく姿を見させて頂くことが、今のお仕事の一番の魅力です。

安藤
 何かを創り出していくときに、人の心だったり、温かさだったり、そういうものを繋いでいけるって、すごく素敵なことですね。

織笠
 なかなか、以前の仕事とか、暮らしの中ではそういう感覚ってなかったので、新しくもあり、やりがいもあります。

安藤
 これからどんどん広がっていきそうな可能性があると思うと、余計ワクワクしますね。有加里さんが気仙沼にいらして、相談窓口で、「私にできることって何かありますか?」と、新しいところに飛び込まれた勇気が本当にすごいと思ったのですが、昔をからそういうチャレンジ精神旺盛だったのですか?

織笠
 全然そうではありませんでした。小学校の時なんかそれこそ泣き虫で、なんか言われたらすぐ泣いてしまう子でしたし、自分の意見を言うのが得意な方ではありませんでした。それは社会人になってからも変わらなくて、自発的に何かをやるのも得意ではないですし、もちろん、特技の一つもなかったんです。
 高校の進路相談の時に、将来、あまりにもやりたいことがなくて、〈仙台の調理師学校希望〉ととりあえず書いて、担任の先生から「本気でめざしているなら良いけれど、本当になりたいと思っているのか?」と叱られたこともありました。
(そんな先のこと、なんでみんなはすぐ決まるんだろう)
と不思議に思っていました。
 高校2年生の時に大学からの出張講義で、いろんな大学の先生がいらしたのですが、その中で宮城大学の建築の先生の授業があり、(あ、建築って面白いかも!)という思いが湧きました。自分の中で進みたい道が見えたのがこのときでした。今まで、自分で何かをやりたい、とか、これが得意だからこれを極めたいというものはなくて、外からの環境や、出会った人から、こういう道があるんだ、と気付かせてもらえるような日々を送ってきました。

安藤
 今のお話しを伺うと、とても最初から行動力がおありだったとは思えず、有加里さんが、(この気仙沼に飛び込んでみよう)って思われた大きなきっかけ、ターニングポイントみたいなものはありますか?

織笠
 そうですね。働きはじめて、1年目は仙台で暮らしていましたが、2年目からは転勤で秋田に行くことになりました。初めての単身一人ぐらしで、友だちも知り合いもいない環境の中、やっぱりストレスというか、心の負担が過度にかかってしまいました。ちょっとこのままじゃまずいなぁと思った時に、今の暮らしの環境をがらっと変えないと、自分も変われないかも、と思い『仕事を変える』というよりは、『自分を変えたい』という思いで、移り住もうと決断しました。
 実家に帰っても、自分にある繋がりの中では何も変わらないかもしれない、このままの自分では嫌だ!自分を変えたい!!という思いが、自らを踏み出させる勇気になりました。

安藤
自分を変えたい!という思いで飛び込んでみよう!そう思われたのですね。すごい決断でしたね。

織笠
 実は、そう思わせてくれた人たちがいるんです。震災後に外部から気仙沼に移住をして、泥かきのボランティアの頃から通っていた同世代の子たちがいるんですけど、そのままその街に住みついて、右も左もわからない中、街の方々に支えられながら、自分たちがやりたいと思う、街の復興につながる事業を立ち上げています。
 20代、30代の同じような世代の方がけっこういるので、そういう姿を外から見ていてうらやましいという気持ちがありました。なんでそんなキラキラ働けるんだろう!!その時、やってみたいと思った建築の仕事もうまくいってない時だったので、なんてまぶしいんだろう、そこに飛び込んだら、私も変われるかもしれない!と思い、決断できました。

安藤
 一生懸命ボランティアをしたり、街の人たちのために動いている若い同世代の人たちを見て、まぶしく見えたんですね。

織笠
 そうです。もう、キラキラ輝いている!!って思いました。そういう人たちがいる環境に身をおいてみたら、なにか変わるかもしれないという期待がありました。今思うと、それは正解でした!正解というか、私にとっては本当にいい選択だったと思っています。

安藤
 私から見ると、有加里さん自身がキラキラと輝いて見えます!!

織笠
 ありがとうございます。仲間たちがひきあげてくれたのだと思います。こういう私に。

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気仙沼港を望む

安藤
 飛び込む前はいろんなお気持ちがあったけれども、今こうして飛び込んでみて、お仕事もされてみて、飛び込む前のお気持ちと、現在のお気持ちとではどういう変化がありますか?

織笠
 もともと、そんなにウジウジしているタイプではなかったのですが、根本的に性格が明るくなったと思っています。人と接するのが、前はそこまで得意ではなかったんですけど、人と話しをしてみるのも楽しいなって思えるようになりました。
 また、3年間の中で自分のことがちょっと好きになってきましたね。それが一番大きいです。

安藤
 素敵ですね!!

織笠
 私は根が自己肯定感の低いタイプなので、なにかあるとすぐにシュンとして落ち込んじゃって、そんな自分が好きになれませんでした。だけど、今こうして気仙沼で街の活性に向けて、頑張っている自分は好きだなって思えるようになりました。そうなれた自分が本当に嬉しいです。それが、この仕事のやりがいとか、この街で生きていきたいっていう気持ちにつながっているのだと思います。

安藤
 有加里さんのお話しを聞いたら、目が輝く若い人たちがたくさんいらっしゃると思います。社会では何をやったらいいかわからないとか、将来について悩んでらっしゃる方がたくさんおられると思うんです。

織笠
 そのことも、よくわかります。そのような中で、どんな人と、どのタイミングで出会うかっていうのが重要ではないでしょうか。そこがターニングポイントになると思っています。

(9月1日更新、第2回に続く)

☆次回は気仙沼の魅力について、そして有加里さんの夢についてお話しを伺います。

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向って左は、インタビュアーの安藤高子さん

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