🍀 “自分の価値に気づくと無限の力がわいてくる” 教会長 近藤雅則(令和2年1月)
- 2020/1/10
- 心を創る
さて、今月の会長法話は、「ほんとうの自分に帰る」がテーマです。
「ほんとうの自分」とは、どんな自分なのでしょうか?
皆さんは、「ほんとうの自分」とはどんな自分だと思いますか?
法華経では、人間のいのちの本質は“仏性”であると説かれています。言い方を変えれば、私たちはみな“仏の子”であるとも言えます。
法華経の信解品第四に「長者窮子の譬え」が描かれています。ある男が親である長者の家を飛び出し、長い間放浪生活をした末にようやく親の家に戻ってきました。しかし、自分があまりにみすぼらしい人間であり、ちっぽけな人間であると思い込み、その長者の立派な屋敷が自分の家だと気づくことができません。長者は知恵をしぼり、なんとか男を家の中に呼び寄せます。そして、使用人として働かせることにしました。20年が経過し、ようやく男の卑屈感もなくなってきたところで、父である長者は、「この男は私の本当の子どもです。私の財産のすべてはこの男のものです」と宣言するわけです。男は、そこで初めてて自分が長者の子どもであり、無量の財産の所有者であることに気づき、大歓喜したという譬え話です。
この譬え話に出てくる窮子のように、私たちの周囲にも、「自分はダメな人間だ」「何の能力もないつまらない人間だ」「この世の中に必要とされていない人間だ」「役に立たない人間だ」「生きる価値のない人間だ」「だれからも愛されていない人間だ」というように、自分を卑下し、暗くさびしい人生を送っている人がたくさんいるように思います。もう少し自信をもてれば、もっと楽に明るく生きていけるのに・・・・、自分で自分の価値を下げてしまっている人たちです。
法華経は、このような人たちのためにある教えといってもいいかもしれません。自分のいのちの本質が“仏性”であり、仏と同じ無限のいのちを有している尊い存在だと気づくことで卑屈感がなくなり、大きな自信がわいてくる。そうすると、思ってもみなかったような大きな力がわいてきます。これまで何をやってもうまくいかなかったことが、やることなすことが、不思議といいようにいいように展開しだすのです。
私たちが、この世に生まれてきた目的は、自分のほんとうの自分を知ること、本当の価値を正しく知ることです。そして、そこからわいてくる無限の力を得て、イキイキと生きていくことなのです。法華経の教えは、このようにほんとうの自分を発見し、自信をもって明るくイキイキと生きるようになるためのものです。
合 掌
2020年1月1日
立正佼成会仙台教会
教会長 近藤雅則