🍁新「こころの彩時記」(毎日連載、10月編)📝

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『法華経』に説かれる上行菩薩像

 今月より《新「こころの彩時記」》として、日々、毎日更新し、その時節や世の中の動きにそったテーマでの連載を始めます。どうぞ、ご期待ください。

【10月27日 何(なん)が故(ゆえ)ぞ憂(うれえ)の色にして如来を視(み)る】
 『法華経』の勧持品第十三に、憍曇弥(きょうどんみ)という女性が登場します。彼女はお釈迦さまの生母・摩耶夫人(まやぶにん)の妹です。お釈迦さまが生まれた七日目に摩耶夫人が亡くなられたので、その後、生みの母にもまさるとも劣らぬ愛情をそそいで、お釈迦さまを育てあげました。
 お釈迦さまが出家された後、自らの実子の難陀(なんだ)も出家し、また夫となったお釈迦さまの父親である浄飯王(じょうぼんのう)にも先立たれるなど悲劇の連続の中で生きて来られた女性です。しかし、そうした環境の変化、境遇にも耐え忍び、在家のときには婦人としての役割、務めを果たし、出家したのちは女性出家者のリーダーとして信望を集めていました。
 勧持品十三において、その憍曇弥が、座から立ち上がり、一心に合掌して、育ての子でもあるお釈迦さまのお顔をまじろぎもせずに仰ぎ見続けました。
 するとお釈迦さまは、 

憍曇弥に告げたまわく、何(なん)が故(ゆえ)ぞ憂(うれえ)の色にして如来を視(み)る
(お釈迦さまは、憍曇弥にむかっておっしゃいました。「どうしてそのような心配そうな顔でわたしを見られるのですか」) 

 憍曇弥もすでに多くのお弟子さんと共に、仏になれるという授記(成仏の保証)を頂いていたのですが、お釈迦さまから直接名指しでお言葉をかけてもらいたかったのです。その心をお釈迦さまはすぐに察して、直接、憍曇弥に授記を改めて授けました。
 と同時に、お釈迦さまが出家をされる前、一国の王子であったときの妻であり、妃(きさき)であった耶輸陀羅比丘尼(やしゅたらびくに)の心の内もくみ取られ、すぐに直接、授記を授けられました。
 かつて、家族も家もすべてを捨てて出家をされたお釈迦さまにたいする、育ての親である憍曇弥や、妻であった耶輸陀羅比丘尼の心のうちはいかばかりであったのか?また、すべてを投げ捨てて出家され、やがて最高無上のお悟りを得たお釈迦さまのお心のうちはどのようであったのか?
 凡夫の私には到底想像もできません。ただ、『法華経』二十八品の中でこれほど情感溢れ、人間味に満ちた一節、場面は他にはないと、私はいつも感じ入り、拝読させて頂いている次第です。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月26日 ささやかな「巡礼」の記】
 「私のご先祖さまでね、新潟の菅沼から四国の八十八カ所巡礼に出かけて、そのまま帰ってこなかった人がいるんだ。そのご先祖さまを思うと、私もいつかは四国の八十八カ所の巡礼に行かせてもらいたいと思ってるんです」
  そんな、庭野開祖さまのお言葉を聞かせて頂いて以来、(いつか自分も四国の巡礼に行かせてもらいたい)と思いつつ、実現しないまま時が過ぎていっていました。
 そんな思いでいた私が「江戸三十三カ所観音巡礼」を知ったのは、8年前の夏のこと。現在の東京23区の全域にある33の観音霊場をお参りし、「般若心経」と「法華経」の観世音菩薩普門品第二十五、そして「延命十句観音経」を読誦し、納経させて頂くものです。
 私は一念発起して、江戸の観音さまの巡礼をすべて人力=徒歩でさせて頂くことにし、ただひたすら“今生かされている自分”の感謝と、世界平和を祈願しての巡礼をさせて頂くことにしました。札所一番は、有名な浅草の浅草寺さま。9月17日に浅草寺さまをスタートし、1日に3~4ヵ寺をただひたすら歩いて巡礼をさせて頂きました。
 途中、私どもの会の本部がある東京都杉並区の大聖堂の隣のお寺さまも札所の一つであることを知ってびっくり。休日を利用して足掛け10日間をかけて、その年の十二月三十日に札所三十三番の目黒不動尊として有名な瀧泉寺さまで〈結願成就〉させて頂きました。
 瀧泉寺観音堂にてお経を上げ、寺務所でお坊さまより御朱印と結願成就の印を頂き、改めてお礼言上ために観音堂に戻り観音さまのお顔を拝したとき、突然、胸に熱いものがこみ上げ、涙が溢れ出てしばらく止りませんでした。
(あぁ有り難い、あぁ有り難い)
 しばらくして我に返った私は、目黒不動尊をあとにして帰途につきました。すると、不思議な光景が目に飛び込んできました。近くの公園で遊んでいる子どもたち、それを見ている親御さん、そして公園、すべて輝いて見えるのです。驚いた私は周囲を見回すと、行く人、すれ違う人、街並み、すべてが燦燦(さんさん)と輝いているのです。住宅地から繁華街に出れば、買い物をするご婦人も、スーツを着た男性も、自動車、お店、ぜんぶが輝いているのです。
 私は有り難くて、有り難くていっぱいになり、心の中で合掌をして歩いていました。
(お釈迦さまがお悟りを開いたときも、すべてが輝いて見えたという。こういうことなのか!)
 ところが、悲しき哉、凡夫の私。その輝いて見える光景は時間と共に薄らいでいき、家に着く頃にはいつも通りの風景に戻っていました。
 しかし、たとえわずかな時間であっても、すべてが輝いて見えた私がいた事実を、今ではとても嬉しく思います。自らの仏性が開顕されたとき、すべてが輝いてみえることを体感させて頂いたことは、私の一生の宝物です。
 と同時に、
《これからの人生の中で、日常生活の中で、すべてが輝いてみえる私にならせて頂きたい》
 そう思ってやみません。

(仙台教会HP担当H.E)

目黒不動尊「瀧泉寺」観音堂

目黒不動尊「瀧泉寺」観音堂にて

【10月24日 ほほえみ】
 イギリスの小説家ロバート・バー(1850年-1912年)という作家の「ほほえみ」という詩に出会いました。以下に記させて頂きます。

ほほえみ
それは一文も元手はかからない
しかし おどろくべきものを人に与える 

ほほえみ
それは人に与えても一向に減りはしない
しかし もらった人を限りなく豊かにする 

ほほえみ
それは人生のあらゆる問題に対して
神の与え給うた妙薬である 

しかし このほほえみは、
金で買うことも、人から借りることも、
盗みとることも出来ない 

ほほえみ
それを生み出すのに時間は少しもかからない

しかし それを受けた人の記億の中には
永遠に残ることさえある 

ほほえみ
これがなくても生きてゆけるほど強い人は、この世にいない
これがなくてもいいほど豊かな人もいない 

ほほえみ
それは家庭の中に幸福を作り出し
職場に善意をつちかい
友情をやしなう 

ほほえみ
それは 疲れ切った魂に安息を与え、
悲しい心に光をもたらす 

それはあなたの心の奥底から湧き出して
惜しげもなく与えられた時だけ
値打ちが出てくるものである 

ある人々は
あなたにほほえみを与えることができないほど疲れている 

だから
その人に ほほえみをあげることの出来るのはあなたです

 庭野開祖も次のように教えてくださいました。
『法華経』の「提婆達多品(だいばだったほん)」には、八歳の龍女が即時に成仏するさまが説かれています。みなさんもよくご存じだと思いますが、その龍女の成仏の道は、清らかな顔にいつもほほえみを絶やさず、だれにも思いやりの言葉をかける行にあったと説かれています。
 いつも人さまにほほえみをもって接するのも、立派な菩薩行なのです。(『開祖随感』より)

「ほほえみ」。いつでも、どこでも、どんなときも、忘れず、たたえて生きていきたい、そう思います。

(仙台教会HP担当H.E)

イメージPHOTO(決定)

写真はイメージです。

【10月23日 「天命」と「奇跡の自分」】
 本ホームページの「教会からのお知らせ」(10月22日掲載)でご紹介の通り、仙台教会が開塾している「仏教経営塾」の「市民講演会」が、上甲晃(じょうこうあきら)先生をお招きして、10月10日(日)、仙台国際センターにて開催されました。上甲晃先生は、松下幸之助さんが開塾した「松下政経塾」にて、長年、塾頭として人材育成に挺身して来られ、今、日本で活躍されている多くの政財界の宝と言われている人物を育ててきました。
 その上甲先生のご講演を拝聴していた私は、上甲先生になんとしてでもお聞きし、教えて頂きたい質問が心の中にふつふつと浮かび上がってきました。
 しかし、受け入れ側のスタッフとして記録写真のお役を頂いている私には、ご講演中はもとより、その後の企業経営者を中心とした懇談会でも質問ができる立場ではありません。
(上甲先生にご質問できるチャンスはないのか!?)
 そう思い続けながら、先生がセンターからお帰りになる時間になりました。そして、先生が会議室から出られた時、化粧室にお立ち寄りになられました。
(今がチャンスだ!)
 そう思った私は、失礼千万なことは重々承知ながら、化粧室から出て来られた先生に駆け寄り、

「上甲先生、ぜひ教えて頂きたいご質問がございます。先生、自分がこの世に持って生まれた「天命」を知るにはどうしたらよろしいでしょうか?また、そのことをこれからの次代を担う多くの青少年の皆さんにお伝えしたいのです。お願いします!」

とご質問をさせて頂きました。
 すると、先生はニコリと微笑まれたあと、厳しい声で、

「あなたが今、ここにいる“奇跡”に気づきなさい。あなたの存在は“奇跡”なんです。自分自身の存在こそ、まさに“奇跡”。そして、こうして今、出会っていることも“奇跡”。すべてが見えない力による“奇跡”と心底知りなさい。腹の底からそう思えた時が、自らの“天命を知る”ことです」

 私は嬉しさでいっぱいになりました。

“奇跡”の自分を知る。

いよいよ遅ればせながら、本当の《自分探し》の人生が始まったと思わせて頂きました。

(仙台教会HP担当H.E)

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【10月22日 品格とは?】
 昨晩、録画をしておいた大相撲で先日引退をした「白鵬」の特集番組(NHK制作)を観ました。ご存知の通り横綱在位14年、数々の大記録を打ち立て、「賭博問題」や「八百長問題」などが起き、大相撲存続の危機と言われたときも“一人横綱”としてマスコミの矢面に立ち、土俵を守り、また東日本大震災では自ら率先してのボランティア支援活動を行ってきました。
 しかし、その土俵上の強い白鵬の姿の裏側には、外国人力士として、あるいは強い横綱であり続けるための苦悩に満ちた14年間であったと知りました。
 日本人に愛されたいと思うが故に、日本人力士に勝っていいのか?と悩み、また壮絶な自身のケガと闘い、心・技・体ばらばらの中で勝ち続けていった地力・実力の凄さに驚きの連続でした。
 白鵬と言えば、その力士としての晩年は「横綱の品格」を問われ続けた横綱でもありました。プロレスの技とも見える「張り手」や「かちあげ」は、確かに見るに堪えないものがあったことも事実です。
 しかし、テレビに出演していた元横綱の北の富士さんも、荒磯親方(元横綱稀勢の里)も、「横綱の品格と問われても、しっかりと答えられない」という主旨の返事をしていました。
 あの大横綱といわれる大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花といった力士の姿を、大の相撲ファンであった父親と共に実際に見てきました。当時、「大鵬は負けて土俵外に落ちた力士に手を差し伸べない」という声をよく聞いたことを覚えています。また、実際の国技館で北の湖が土俵に上がると強すぎるが故でしょうか、“態度がでかい、謙虚じゃない”といった理由で「負けろ~!」とヤジが飛んでいたことも事実です。
 今回のNHKの特集では、白鵬は一度も大横綱という形容詞はつきませんでした。そして、「横綱の品格とは何か?」という命題に答えが出ないまま、番組は終わりました。
 私は思いました。「横綱としての品格」があるならば、「人間としての品格」もあるはずです。そして、「人間としての品格」を基本として、自分にあてはめるなら「父親としての品格」、「夫としての品格」、「社会人としての品格」、さらに「信仰者としての品格」など、さまざまな立場の品格があることに気づきました。
「私の品格は何か?」。白鵬関の姿をご縁として、もう一度考えてみたいと思います。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月21日 無人化の波の中で】
 国政選挙関連の記事が多くを占める今朝の新聞を見て(おや、なるほど)と思う記事をいくつか見つけました。それは、“バスやタクシーなどで運転手のいない完全自動運転への実験が加速している”、“郵便局内に無人のコンビニが設置・出店されていく”、そして、“チケットレス化に向けて、JRの有人の「みどりの窓口」が減少している”という記事です。すでに、スーパーやコンビニなどでもセルフレジが進み、日常生活の中で機械化、無人化が世の中でますます加速していることを、改めて感じました。
 また、このコロナ禍においても、パソコンやスマホといった“機械”を活用しての会議や教育、そして連絡、報告、交流などが、さまざまな分野において大きな波となって進んでいることも事実です。
 喜劇王といわれるチャールズ・チャップリンの代表作の一つである「モダンタイムス」を思い出しました。一人の労働者が人間としての尊厳を失い、資本家、そして機械に支配されていく姿を見事にチャップリンが演じていました。
 人間が新たな機械やシステムを開発し、私たちの生活を便利に、豊かにしていくことは大いに賛成です。しかし、機械やパソコン、AI(人工知能)といったものに人間が支配される形になり、人間が持つ心や尊厳性が軽視され、人間-機械-人間といった序列が生まれる社会にはなってほしくない、そう願っています。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月20日 関心をもって臨もう】
 仙台教会で行なっている無料学習塾「仙台わかば塾」で、私も小・中学生の教科書にふれる機会が多くあります。先日、中学生の「公民」の教科書を見てびっくり。「日本国憲法」から始まり、「法律」が国会で成立・制定されるまでの流れ、そして「国政選挙」の在り方などが、多くの図表、カラー写真と共に詳細に記載されていました。
(中学生のうちに、こんなにも詳しく学ぶんだ!)
 政治に詳しいと秘かな自負を抱いていた自分の知識を、すでに中学生が学んでいることを知って、内心とても恥ずかしい気持ちになりました。

 昨日19日、第49回の衆院選が公示され、1051人が立候補し、465議席(小選挙区選289、比例選176)が争われます。衆院選は議員と党を選ぶことで、間接的に国民が首相と政権のかたち、在り方を選ぶ「政権選択」の選挙といえます。
 現在の日本は、新型コロナウイルスが減少方向に向かっていますが、病床などの医療体制の整備や国民へのさらなる支援対策が求められています。
 また日本は経済成長が伸び悩み、財政も債務残高の国内総生産(GDP)比において、先進国といわれる国の中では最低水準の危機的状況にあります。2025年には団塊世代といわれる人たち全員が、75歳以上の後期高齢者となる「超高齢社会」を迎え、社会保障費はさらに増えることが予想されます。
 そのような中、衆院選の投票率は平成に入ってから50%台に下落し、前々回では戦後最低の52.66%(小選挙区)を記録しました。
 庭野日敬開祖は、次のように述べています。

 現在は憲法にうたわれているとおり、「主権在民」の時代です。私たち国民のひとりひとりが政治を見守り、政治をよくしていく権利と責任があるのです。けっして政治に無関心であってはならないのです。(『庭野日敬法話選集』より) 

 18歳、19歳の国民も投票ができるようになって4回目の国政選挙。国政により深く関わることのできる最大のチャンスととらえ、青少年も、高齢者も、そしてすべての人が明るく、自信を持って生活していくことのできる、そんな日本の国の形、将来を考え、主体性を持って1票を投じていきたいと思います。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月19日 礼に始まり、礼に終わる】
 私たち立正佼成会では、食事の前に合掌して「食前感謝のことば」を唱えてから、食事を頂戴しています。

  食前感謝のことば 仏さま 自然の恵み 多くの人に感謝していただきます

 さらに、わが家では、夕御飯の時に晩酌を欠かせない私と家内で、「乾杯のことば」を創作し、二人でグラスを持って必ず唱えさせて頂いています。

 乾杯のことば 国土の安穏 世界の平和 地域の安全を祈念して いま ここ これ すべてに喜び 感謝して 乾杯!!

といった具合です。
 そんなことを始めた数年前、私はふと思いました。

(食前にはこれだけしっかりと食事を頂くことに「感謝」し、「礼」を尽くしておきながら、毎日の“用足し”、すなわちお手洗いのあと、これだけの「感謝」と「礼」を尽くしていただろうか?)

 「出入(はい)り」という言葉があるように、まず出てから入るという順序が、日常生活の中には多いような気がします。「呼吸」もまず吐いてから吸うと良いといいますし、タンスなどに新しい物を入れる時にも、まず古い物を出さないと入れることができません。電車もバスも降りる人、エレベーターも出る人が優先です。
 そこで、私は思いました。

(日々の「用便」を済ませて頂いたあとも、必ず心の中で合掌し「有り難う」と言わせて頂き「礼」を尽くさせて頂こう)

 なぜなら、

(出させて頂いたものがあったからこそ、自らの血肉となり、生きるエネルギーとなる。そして、それを受け止めてくださる便器の存在。綺麗にしてくださる紙やお水。お手洗いにいらっしゃる「トイレの神さま」。用を足すことができた自分の身体。そんな多くのものに助けられて、今、用を足せた自分がある。本当に有り難い!)

 尊い“いのち”の宿った食物を頂き、排泄させて頂くという日常の何気ない行為においても、《「礼」に始まり、「礼」に終わる》。この繰り返しの実践を初めてはや数年。生かされ、生きている悦びの瞬間として、これからも続けていきたい、私の大切な実践の一つだと思っています。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月18日 妊娠SOS】
 昨日、秋風が涼しい「仙台国際センター」近くのカフェで、特定非営利活動法人「キミノトナリ」の代表理事をされている東田美香(ひがしだみか)さんと、本ホームページの取材でお会いしました。
 日常生活における、さまざまな事情、経緯の中で、

(妊娠したかもしれない。どうしよう)
(きっと妊娠している。でも親に話せない。一人で病院に行くのもこわい)
(22週を過ぎてしまった。もうおろせない!)
(「妊娠」したと言ったら、彼と連絡が取れなくなった)

などなど、今、「妊娠」によって人知れず一人で悩み、苦しんでいる十代、二十代といった若い女性が増えているとのことです。
 そのような女性に対して、「キミノトナリ」さまでは弁護士さんや助産師さん、社会福祉士さんといったスタッフの皆さんが、一人ひとりの心の叫びに耳を傾け、寄り添い、そしてその方に一番ふさわしい助言をしたり、一緒に病院に行ってあげたり、関係機関への繋がりをつけていらっしゃいます。
「性教育」の大切さや、「子育て支援」の在り方の見直しが叫ばれている今日、ちょうど、その間にある「女性の妊娠」という人生の一大事にスポットをあてた支援活動は、今後ますます大切になってくることでしょう。

 代表理事の東田美香さんは、次のように述べています。

 あなたには、あなた自身と赤ちゃんの今後についての選択肢があります。

あなたの意思を最大限尊重するということは、あなたの意見を全部受け入れることではありません。法律や医療の都合で、あなたの思い通りにいかないこともあるかもしれません。それでも、わたしたちと一緒に悩みましょう。そして、どうすることがあなたにとっていちばんいいか、考えましょう。
 私たちは、あなたのとなりで、あなたにずっと寄り添います。(「キミノトナリ」パンフレットより抜粋)

 仙台教会ホームページでは、12月1日から連載で東田美香さんの生き方、そして「キミノトナリ」の活動をご紹介します。どうぞ、ご期待ください。

(仙台教会HP担当H.E)

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(写真はイメージです)

【10月17日 できないけど、させて頂く】
 「禅」の世界では、その境地に達していないと、まったくその意味するところが分からない言葉があります。例えば「山が動いている」、「片方の手のひらだけの拍手の音を聴く」等々。曹洞宗の開祖である道元禅師が中国での修行を終え日本に帰られたとき、自らの悟りの心境を“眼が横に並び、鼻は縦についている”とおっしゃられたとのことです。
 先日、仙台教会の近藤雅則教会長が、

「ある方がお役を依頼されたとき、“できないけど、させて頂きます”と言ってお役を受けられました。その方のお役の受け方、心境の素晴らしさに感動しました」

と言われました。
 その時私は、
(「できないけど、させて頂く」それってどういうこと??)
と、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになりました。
(できないのに、なんでお役ができるの???)
 そんな思いを抱えたままの数日後のことです。
(いや待てよ、この言葉。自分も以前、聞いたことがある)
(誰かが言ってたぞ。誰だっけ?誰だっけ??)
と考え込んでいると、ふとある人物のお顔が浮かんできました。
(そうだ、「仙台わかば塾」のM副塾長さんだ!!)

 仙台教会では約6年前より、さまざまな理由で学習塾に通えない小・中学生のための無料学習塾として、「仙台わかば塾」を毎週日曜日に開塾しています。現在も、8名の小・中学生と1名の大学受験生が、ボランティア講師さんのもとで学びを深めています。
 その「仙台わかば塾」に、塾長職が空席の中、毎週、毎週、電車とバスを乗り継ぎ、往復3時間以上かけて、すべてボランティアでご奉仕くださっているのがM副塾長さんです。不言実行を絵に描いたようなM副塾長さん。実質の塾長として、塾を支え、塾生を思う献身的なお姿に、事務局の小生はいつも、いつも頭が下がるばかりです。
 仙台教会無料学習塾の提唱者であり、創設者である近藤教会長が三年前、当時不在となった塾長のお役を、M副塾長さんに依頼した際のM副塾長さんの言葉が、

「私は塾長の器ではありません。副塾長のままでお願いします。できませんが、させて頂きます」

というお返事だったのです。
 私はその言葉をようやく思い出し、胸が熱くなりました。
“できないけど、させて頂く”という言葉の意味が、少しだけ分からせて頂いた気持ちになりました。
 と同時に、(M副塾長さんの心の中には、きっと近藤教会長が“塾長”としていらっしゃるのだ)とも思わせて頂きました。
 今日は日曜日、M副塾長さんのもと、私も明るく、元気に塾生を迎えたいと思います。

仙台わかば塾

無料学習塾「仙台わかば塾」寸景

(仙台教会HP担当H.E)

【10月16日 シトラスリボン】
 「シトラスリボン」とは、シトラスカラー(柑橘をイメージした色、黄緑色)のリボンや紐で三つの輪を作ったものです。このリボンで表現する三つの輪は、それぞれ「地域」「家庭」「職場(学校)」を意味しています。
 この「シトラスリボン」をつけて、新型コロナウイルスの感染拡大の中で生じた、さまざまな差別や偏見をなくしていこうという取り組みが「シトラスリボンプロジェクト」です。
 四国の愛媛県の有志の方々が始められたプロジェクトで、愛媛の特産品である柑橘にちなんで,シトラス色(黄緑色)のリボンを身に着け,新型コロナウイルスに感染された方や、医療に携わる方(医療従事者、エッセンシャルワーカーの皆さまなど)に寄り添い,相手を思いやる気持ちを表すことで差別や偏見をなくしていこうという取り組みです。
 この取り組みは、現在、日本全国へと広がり、京都市、松江市といった地方自治体や教育機関、企業など、さまざまな組織、団体で実践されています。
 日本看護協会の調査結果によると、新型コロナウイルス感染が拡大した昨年、看護職員の約2割が以下のような「差別や偏見にあった」ということです。
・家族や親族が周囲の人から心ない言葉を言われた。
・地域住民から心ない言葉を言われた。
・学校で保護者である看護職員が入室を断られた。
・店舗や施設で入店を断られた。

また、厚生労働省のホームページにも、
・感染したことを理由に会社を解雇される。
・子どもが通院した病院で感染者が出たため、その子どもの保育園から通院が拒否される。
・感染者が発生した学校の学生やその家族が、飲食店などから来店を拒否される。
・感染者個人の名前や行動を特定し、SNS等で公表・非難する。
といった事例が載せられています。

 差別や偏見は、絶対にあってはならないもの。私も心して生きていきたいと思います。

シトラスリボン(表)

シトラスリボン(裏)

上記写真の「シトラスリボン」の結びは《「叶」結び》と呼ばれるそうで、表から見ると結びの中央が「口」、裏から見ると「十」の形に見えることが由来とのことです。差別・偏見のない社会の実現と、一日も早くコロナが終息することが“叶う”ようにと願いを込めて、家内と共に結んでみました。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月15日 戻りカツオ】
 味覚の秋、「戻りカツオ」の美味しい時期となってきました。先日、久しぶりに見学した国立科学博物館(東京都台東区)で、「初カツオ」と「戻りカツオ」の標本見本をびっくりしました。それぞれの身体の断面模型が展示してあり、明らかに「戻りカツオ」の方が脂肪がのり、赤味も増して、倍近くの肉付きになっているのです。
 晴から初夏にかけての初カツオは育ち盛り。“初物”は縁起がいいとされ、江戸時代では歌にも詠われるほど重宝されました。一方、戻りカツオは餌をたくさん食べて、大きくなって、中には「まぐろ」にも負けず劣らず「とろカツオ」と呼ばれるものもあります。博物館での説明書きにも、〈味は戻りカツオ〉という趣旨の言葉もありました。
 カツオの子どもたちはまず北方の冷たく、荒い海に行き、たくさん泳ぎ回って、また暖かな南の海に帰ってきます。私も小さい頃、友だちと遊びながら、だんだんと遠くに出かけて、夢中になって遊び回り、やがて日が暮れる夕方になると、ふっとわが家、そして母親の顔が浮かび、泣きながら全力で走って家に帰ったことが思い出されました。そして、母親の顔を見るとほっとし、家庭の温かさ、ぬくもりを肌で学んでいったような気がしています。
 庭野日鑛会長は「斉家(せいか)」という中国古典の言葉を引用して、まず親が家をおさめ、整えることこそ、子供のより良き成長のために一番大切なことだと教えてくださっています。
「戻りカツオ」もきっと安心して、北の荒波にもまれ、成長して帰ってくるのでしょう。“温かな帰る場所がある”。そんな家庭づくりをめざしたいものです。

(仙台教会HP担当H.E)

【10月14日 笑顔の通信】
 この秋という季節。地球温暖化の影響で、だいぶ秋が短くなった気もしますが、〈人を芸術家〉にするとも言われ、また“人恋しい”季節でもありましょう。今月は、私の大恩師である庭野開祖の入寂の月。そして、来月11月はお誕生の月。庭野開祖のあの笑顔、お姿が折にふれて浮かんできます。

「ただいま、大聖堂6階礼拝席に、開祖さまがいらっしゃいました」
 本部職員のアナウンスのあと、毎月のご命日式典で、全国から参集した約5千から1万の会員は、皆立ち上がり、歓喜の声をあげ合掌し、満面の笑顔で庭野開祖を迎えます。本会の創立者の庭野開祖は、巡教などで本部を留守にする以外は、御命日の式典に必ず出席されていました。そんな会員の笑顔に、庭野開祖もあの“百万ドルの笑顔”で応え、深々と頭を下げ、会員に向って合掌礼拝をされます。
 以前、ひいきのプロ野球チームで、試合直後にグランドに降りることができるチケットが抽選で当たったことがあります。試合直後にまだ数万人の観客が残るグランドのど真ん中のセカンドベースに立った時、一人ひとりの顔がしっかりと見え、数万人の顔が識別できるではありませんか!
 きっと庭野開祖も、大聖堂に参集した会員一人ひとりの顔をしっかりとご覧になられ、喜ばれ、笑顔で合掌されていたに違いなかったことでしょう。
 会員の笑顔と庭野開祖の笑顔が一体となり、「信(信心)」が「通」じ合う。まさに《笑顔の通信》。
 このようなマスクで顔が見えない時機ではあっても、マスクの奥の笑顔は伝わります。だからこそ、“いつも笑顔を絶やさない”。より心がけたい私の実践だと思わせて頂きます。

(仙台教会HP担当 H.E)

開祖さま(8月使用)

“100万ドルの笑顔”といわれた庭野開祖

【10月13日 母のご恩の事~日蓮聖人ご命日によせて~】
 今日、10月13日は、日蓮聖人のご入滅から740年。ご降誕800年の意義ある年のご命日にあたります。日蓮聖人がご入滅(臨終)された「池上本門寺」(東京都大田区)では、お逮夜(たいや)に当たる12日の夜は、毎年約30万人に及ぶ参詣者で賑う「万灯練供養」行われます。しかし、今年も新型コロナウィルス感染予防のため中止となり、寂しいかぎり夜となりました。
 波乱万丈のご生涯や幕府や他宗への諫言など、日蓮聖人には厳しく、恐いイメージもありますが、実に人情こまやかで、民衆に優しく、情義を重んじられたご生涯でした。
 とりわけ、私が心を打たれたご事績は、お母さまへの報恩・大孝です。ご聖人が書かれた手紙の中で、

 父母のご恩は今初めて事あらたに申すべきに候はねども、母のご恩の事、心肝に染みて尊く覚え候

とあり、わが子のために己の心身を犠牲にして育児をする母親のありさまが書かれています。
 法難相次ぐさなかに、病気のお母さまへの看護のため、故郷(現在の千葉県)に帰られ、真心からの祈念によってお母さまの病を癒されました。また晩年、身延山に入山された聖人は、毎日の如くに身延の山から、彼方に続く故郷の空を見つめて両親の姿、大恩を思い浮かべ、涙ながらに合掌礼拝をされていたと伝えられています。
 弘安5年(1282年)10月13日、日蓮聖人は61年のご生涯を閉じられました。その折、懐中深く小さな紙包みの中に大切に持たれていたのが、お母さまの髪の毛でありました。どのような困難に遭われた時も、龍の口(神奈川県藤沢市)で処刑されそうになった時も、また流刑による厳寒、雪中の佐渡においても、お母さまの髪の毛に母を思い、共に過ごされてきたのでした。

 日蓮は泣かねども涙ひまなし

というお言葉を遺しておられます。
『法華経』に遇い得た喜びの涙と共に、父母を思い、弟子、檀家、民衆の幸せ、そして日本の安穏、平和を思う慈悲の涙であったと思えてなりません。

(仙台教会HP担当 H.E)

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日蓮聖人のご入滅の際、時ならぬ桜花が咲いたといわれています(池上本門寺にて、2013年4月撮影)

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    「一食地域貢献プロジェクト」は、困難な状況に直面している方々に寄り添い支える志をもって活動している団…
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    「一食地域貢献プロジェクト」は、困難な状況に直面している方々に寄り添い、支えていこうという志などで…
  3. 一食募金箱 キャッチ画像
    立正佼成会「一食(いちじき)平和基金運営委員会」は、令和2年度の運営計画を発表しました。今年度の予算…

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