【特別寄稿4】最終回 生死を見つめて―臨床宗教の視点から― 谷山洋三(東北大学 准教授)

「実践宗教学」の先駆者のお一人である谷山洋三先生(東北大学准教授)の特別寄稿「生死を見つめてー臨床宗教の視点からー」(全3回シリーズ)。今回はいよいよ最終回です。

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東北大学 准教授 谷山洋三

◇アドバンス・ディレクティブ
 近年、「アドバンス・ケア・プランニング」(注1)という言葉が出てきまして、「アドバンス・ディレクティブ」(注2)という「事前指示書」を本格的に導入しようという流れがあります。医療や福祉に関わる、自分の意思決定に関わることなので、認知症を想定すると、65歳以上の方々には考えていただくことになるのだと思います。
 亡くなる前後のことだけを考えると、次のような課題があります。重篤な状態になったら、延命処置を望むかどうか、望むならば何をしてほしいか、何をしてほしくないか、ということです。書面にして、本人だけでなく、家族や、主治医もあらかじめ同意して、サインをしておく、というものです。
 実はこれをやっておかないと、いざという時に家族や医療者が困るのですね。管を入れていいのか?手術をしていいのか?ひたすら延命することが、本人にとって望むことなのかどうか?医療費のことも関係するので、安易に延命を拒否するようなことになってはいけないのですが、延命処置をしてほしくない人にとっては、意味のある制度です。日本医師会も「終末期医療のガイドライン」を作っています。
 dc041815国としてはなるべく予算や医療費を減らしていきたいというのが本音でしょう。なので、それを理由にしたら国民は納得しない。でも現場では、医療者は本当に困ってしまいます。意思疎通ができなくなってしまった患者さんについて、この治療をしてもいいのかどうか、本当に望んでいるのかということが、わからないのが一番困るのです。なぜならば、延命処置は、命の長さを伸ばすことはできても、かえって苦痛が増すこともあり、また、命の質を良くするとは限らないからです。「意識不明になっても生きていたい」と思う人もいれば、そうは思わない人もいます。どちらの意思も大切にしなければならないのですが、その当人の意思が分からないと、つまり事前に意思確認ができないと、医療者も困ってしまうのです。
 今、どんどんと独り身の人が増えています。独り身の人が病気やケガなどで自分の治療法について判断ができない状態になってしまったら、お医者さんもどうしたらいいかわからない。その責任を医療者だけが持つというのは重すぎますね。そういったことがあって、「事前指示書」を書いてもらっておく。そうしておけば、医師も自信を持って管を入れる、あるいは管を入れないといったことを決めることができるわけです。
 この「事前指示書」のことは、まだあまり知られていないことかと思います。こういうことのお知らせこそ、政治やお役所に任せているだけではなく、一般市民、つまり信者さんにたいして一定の影響力のある、宗教教団にも協力してほしいところです。人の生き死に関わることは、その人の信念、価値観、信仰が関わります。多くの信者さんを抱えており、社会貢献に積極的な立正佼成会さんにも期待しています。
 死を迎えた時にどうするか、どうしていくかは本人が決めることです。個人の自由なのです。その大切な個人の自由というものがないがしろにされないためにも、こういうものがあるんだよ。こういう制度があるんだよ。時代はこういうふうになっていくんだよということを確実に社会に定着していくために、また、社会にとって本当に必要な制度の変化や新しい制度というものについて、宗教教団もしっかりと関わりを持っていってほしいと私は思います。
 宗教者は社会から遊離してはいけない。宗教は、理想を求めるために存在するわけですが、しかし、現実にも対応していかなくてはならない。その理想と現実のはざまに立つのが、現場の宗教者、宗教教団のリーダーなのです。

◇ディーラーとしての宗教者
 生態学者で民族学者の梅棹忠夫(注3)先生の本に書いてあることです。例えばテレビでも冷蔵庫でも、電化製品はメーカーが作って、量販店といったディーラーが売って、ユーザーが買う。こういう流れ、関係があります。これを宗教に喩えるのは不遜なのですが、宗教もまさに教団がメーカー、信者さんがユーザー。とすると間に入るのがディーラーとしての現場の宗教者です。
 dscf4374ディーラーこそが非常に重要で、メーカーとユーザーの間に立たなければならない。メーカーの言っていることもわかるし、ユーザーの言っていることもわかる。それが、ディーラーです。
 もし、ディーラーがメーカーの側に立ちすぎると、ユーザーとの摩擦、亀裂が入りますね。逆にユーザー側に寄りすぎるとメーカーから何を言われるかわからない。難しい立場で、非常に柔軟性が求められる立場です。宗教者という存在をそのように見ることができるというわけです。ディーラーである宗教者は、柔軟性や人間としての幅が求められます。宗教教団にとって、実はこのディーラーが一番大切であると思います。
 例えば、仮にある宗教団体が、「葬儀は仏教に出会う機会である」と規定したとします。それは完全にメーカーの論理です。ユーザーは実際に悲しんでいるわけだし、「お亡くなりになった人を成仏させたい」と思っている。仏教に出会うために葬儀をするつもりはないでしょう。つまりメーカーがユーザーの思いを無視しているように思えます。そこで、間に立つディーラーである宗教者の柔輭さが求められるわけです。
 また、佐々木宏幹先生という仏教民俗学者さんの本に書いてあったことです。本山での修行を終えて地元に帰ってきたある僧侶が、檀家さんの前で、「教義上、霊魂は存在しない」と正直に話した。ところが、檀家さんたちは、「霊魂の存在を信じて」先祖供養をしている。霊魂の安からんことを祈ってお経もあげてもらっている。そこに、摩擦や軋轢が生じてしまう。だから、ディーラーが大事なのですね。
 ですから、メーカーである教団がディーラーをあまりにも教義的に、あるいは組織的に強く縛りすぎると教団としては善くない方向にいくでしょうね。ですから、その辺のバランスが大切だと思います。
 近代以降の仏教の教学が行き過ぎている、かなり原理主義に走ってしまっていると思います。現場が、ユーザーがないがしろにされてきたのではないでしょうか?

◇現代の人たちへのメッセージ%e6%b1%ba%e5%ae%9a%e5%86%99%e7%9c%9f
 最後に現代人や特に若い人たちにお伝えしたいことは、「現実をちゃんと見ようよ」ということですね。「人は死ぬんだ」ということも含めて、社会の中にある現実をちゃんと見る。そこから目をそらしたり、無視したりすると、結局自分たちが不利益を被る。
「死」の問題に限らず、自分自身が当事者意識をもって、現実に何が起きているのか?何が問題なのか?どうすればいいのか?何か一つでもいいので、真剣に考えて、行動してほしいなと思います。
 現実から目を離すというのは、本人のためにならない。勇気のいることですけれども、現実をしっかりと見ていく。実際に世界のゴミ問題についてしっかりと現実を知り、考えながら、近所や道端のごみを拾ったり、リサイクルに熱心に取り組んでいたりする人がいるかもしれない。私たち人類の未来を見つめて、青少年の育成を真剣に考えながら、近所の子供たちの遊び相手になっている人や、スポーツ少年団の指導をしている人もいるかもしれません。
 小さなことでも、なんでもいいので、現実にある問題というものに目を向けて、少しでも世の中がよくなるように関心をもって行動をしてほしいなと思います。

終わり

(注1)アドバンス・ケア・プランニング
 将来の意思決定能力低下に備えての対応プロセス全体を指す。患者の価値をはっきりさせ、個々の治療の選択だけでなく、全体的な目標をはっきりさせることを目標にしたケアの取り組み全体をさす。自分がどんな治療を受けたいか、または受けたくないか、そして自分という一人の人間が大切にしていること(価値観、人生観、宗教観)などを、前もって大切な人達と話し合っておく、その一部始終が含まれる。

(注2)アドバンス・ディレクティブ
 自分で意志を決定・表明できない状態になったときに自分に対して行われる医療行為について、あらかじめ要望を明記しておく医療に関する「事前指示書」をさす。基本的に「リビングウィル」と「医療判断代理委任状」の2種類がある。「リビングウィル」は、医療に関する患者の指示や希望をあらかじめ表明した文書であり、「医療判断代理委任状」は患者本人が決断を下すことができない状態に陥った場合に本人の代わりに決断を下す人(代理人)を指名するための文書のこと。
 通常、患者は自分の希望を直接医師に伝えるが、本人が希望を十分に伝えることができなくなった場合には、別の意思決定プロセスが必要になります。「アドバンス・ディレクティブ」は、こうした場合に役立つ。

(注3)梅棹忠夫(うめさおただお。1920年6月13日- 2010年7月3日)
 日本の生態学者、民族学者、情報学者、未来学者。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、京都大学名誉教授。理学博士(京都大学、1961年)。日本における文化人類学のパイオニアであり、梅棹文明学とも称されるユニークな文明論を展開し、多方面に多くの影響を与えている人物。京大では今西錦司門下の一人。生態学が出発点であったが、動物社会学を経て民族学(文化人類学)、比較文明論に研究の中心を移す。

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