今月の会長法話は、「心が変われば、生き方が変わる」がテーマ。
病気が治る、経済的な苦労がなくなる、そうした願望が成就することも信仰の大きな功徳です。しかし、常に変化し続ける無常の世界において、そうしたものを追い求めすぎると、ほんとうの幸せは、けっして得られるものではありません。むしろ、求めれば求めるほど苦しむことにもなるのです。
願いがかなった瞬間は歓びを感じますが、次の瞬間には、また新たな悩み苦しみが生じてきます。そして、一生この繰り返しです。
ほんとうの信仰の功徳とは、心が変わり、生き方が変わり、運命(縁=めぐりあわせ)が変わることです。こうして得られた幸せは確かなものです。たとえ現実の生活がどんなに厳しい状況であったとしても、魂の底から湧きだしてくる不思議な喜びにつつまれながら、安心して生きていくことができます。
そのためには、仏法を素直に信じて行じていくことが必要です。仏法には数多くの教えがありますが、それらを煮詰めたギリギリのエキスとは、「一切衆生悉有仏性」(すべての人が仏と同じいのちをもつ尊い存在である)という真理がそれです。それを行じるとは、「いま目の前にいる人を信じて尊ぶ」ことに尽きます。
では、「いま目の前にいる人を信じて尊ぶ」とは、具体的にどうすることなのでしょうか。仙台教会では、新型コロナウイルス感染のため教会にお参りできない今だからこそ、「私の家庭実践」ということで、「認めて・ほめて・感謝する」を重点的に実践しています。
先日ある女性会員さんが、「うちの夫には、まったく認めるところも、ほめるところも、感謝するところもありません。嫌なところばかりが目につきます」と訴えてこられました。
この女性はなぜ、こんなことを訴えてきたのでしょうか。一見、夫に対する不満を訴えていますが、「ご主人を尊い存在として見える妻になりたい」と願っているように感じました。だからこそ、わざわざ私の所に来たのです。
その方に、これからの実践する魔法の方法を伝えました。まずは、ご主人が仏性をもった尊い存在と信じること。そして、たとえ同感できなくても、「そうだねー」と、一度認めてみる。「素晴らしいねー・さすがだねー」と、ほめてみる。「ありがとう」と、感謝の気持ちを言葉や態度に表わしてみる。
これは、ご主人の機嫌を取っているのではありません。まして、ご主人に服従しているのでもありません。ご主人の仏性を拝んでいるのです。この実践の繰り返しの中で、家庭の雰囲気が良くなることは間違いありません。
しかし、さらに大切なことは、自分自身が、物事の変化に一喜一憂することがなくなります。相手の言葉や態度にふりまわされなくなります。不都合な出来事が生じても、それを生かすことができるようになります。それが、「大きな心で楽々と生きられるようになる」ということです。
合 掌
2020年10月1日
立正佼成会仙台教会
教会長 近藤雅則